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2007年7月16日 (月)

社会の保守化とメディア(2)世代のサンドイッチ

「これだけ国際交流や貿易が盛んになっているのに、ホントに保守化しているのかな?」と疑問を抱く方々もいると思います。

これは私が体感しているだけですから異論もあるでしょう。ただ、昨年の中ごろに「日本の出生率は回復しているのではないか」と思っていたところ、今年に入ってデータを確認したら確かに少し回復していました。今回もそれほど的を外してはいないと感じています。

(ここでの「保守」とは、簡単に「伝統的価値観--慣習、宗教、美徳、道徳、政治体制などを尊重すること」とさせてください) 

 

ワイルドインベスターズは「日本を投資大国にする!」というミッションを掲げていますが、「日本の伝統文化を世界に発信する」というサブミッションもあります。別にそれがトレンドになると考えていたわけではなく、むしろ孤独で長い戦いになると思っていました(好きでやっているのでストレスにはなりませんけど)。しかし世間が意外と早く保守化して、伝統的な日本の価値観を再評価するようになったことに若干の驚きを覚えています。「異文化との交流が増えた分、自分が何者かと自問自答する機会が増えたのかな」などと考えたりもします。

己を知るということは、大人になる上で重要なプロセスです。それをもたらすものは仕事であったり恋愛であったりスポーツであったりいろいろあるわけですが、中でも強烈なのは異文化との触れ合いです。海外に出てゆく日本人や、日本に入ってくる外国人が増えるに連れ、そういったきっかけが増えてきたのでしょう。

若いころは、「人類はみな同じ」というナイーブな世界観を持つ傾向があります。ところが実際に他人と交流してすれ違ったりケンカしたりなんかすると、相手のことと同時に自分のことを考えるようになります。

「あれ、この人は自分と違うぞ?何が違うんだろう。どうして相手はそう考えるのか、そして俺はどうしてそう考えるのか。そもそも、俺はいったい何者なんだ?どこから来て、どこへ行こうとしているんだ?」

こうして考えると、いちばん近いのは恋愛かもしれないですね。私の経験から言うと、失恋によって己を知り、人間として成長する過程にすごく似ています(笑)。

 

これまではグローバル化だとか、万民平等だとか、戦争のない平和な社会だとか、それら自体は「進歩的」で理想的なスローガンのもとに様々な試みがなされてきました。しかしグローバル化で移民が増えると犯罪も増えるし、平等なはずの社会でも格差はなくならないし、武器を捨てても戦争はなくなりそうにない。さらに親殺し・子殺しまで増えてきて、「何か大事なものを失くしてしまったのではないか」と考えるようになったのではないでしょうか。

逆に今まで恥ずかしいと思っていたマンガ・アニメなどといった文化が世界で大受けして、茶道・弓道などといった日本の伝統文化がジャパンクールなどと言ってもてはやされている。マスコミが「日本は孤立しているぞ!」と叫んでいたはずなのに、2年連続で世界に最も良い影響を与えている国のトップに選ばれた・・・。

こうなると「自分たちが古くから守ってきた伝統や価値観は、世界でも評価されるぐらい価値のあるもの」だったのではないかと考え直すに十分なきっかけとなります。理想から見たらダメダメな国だけど、現実的にはかなりマシなんだなと。で、日本に生まれたことに感謝しちゃったりするわけです。

 

そういった保守化の理由を私は、

  1. 国際交流の増加
  2. ネットの普及
  3. 極左自虐教育の反動

ぐらいに考えていました。ところがもうひとつ、保守的な世代が政治や社会の中枢を担うようになったという新しい仮説を目にしました。少し古くなりますが、先月の読売新聞に載っていた岡崎久彦さんの世代論です。

岡崎氏は「様々な人がいるはずなのに世代で区切るのは誤解を招く」という危険を承知の上で、以下のように各世代を特徴付けています。本文では年齢で表記してありましたが、時間が経つと換算しなおさなくてはならないので、私が追加で(何年から何年生まれ)と表記しました。

2007年時点の世代分け
(by岡崎久彦氏 読売新聞2007年6月24日)

  1. 94- 歳(    -1913) 戦前世代。軍国主義の前に教育が終わる。大正デモクラシー。戦争指導の中堅幹部。
  2. 81-94歳(1913-1926) 大正生まれ世代。下級軍人として苦労した層
  3. 73-81歳(1926-1934) 昭和一桁。戦前教育を受けた第一世代。戦後に活躍。
  4. 57-72歳(1935-1950) 戦後教育第一世代。60年安保、70年安保をすごした。後半はいわゆる団塊の世代。
  5. 40-56歳(1951-1967) 戦前教育第二世代。学生運動が沈静化した分、親の影響を受けた。保守的、新米的。安倍首相、独メルケル首相、仏サルコジ大統領。
  6. 25-39歳(1968-1982) 戦後教育第二世代。戦後の自虐史観の絶頂期に教育を受けるも、柔軟性があり個人差が大きい。親子とも戦前教育を受けていない。団塊第二世代を含む。バブルを知っている世代と、氷河期しか知らない世代で分かれる
  7. -24歳(1983-    ) 新しい世代。自虐史観が衰退し、経済回復期にめぐり合った。国や民族の自信を回復した。

面白いのは戦後教育を受けた人々(4と6)の間に戦前教育を受けた世代の子供(5)が挟まっており、その層は保守的・親米的であるということ。安倍首相、独メルケル首相、仏サルコジ大統領がここに入っているので、政治家として今後「旬」を迎える人々は親米保守が多いのではないかという仮説を立てても面白そうです。ということは単純計算で、この先15年ぐらいは世界中で保守反動が起こりうるのではないかと。

 

で、ここから先は1965年(昭和40)年生まれである私の経験から話をします。

自分は昭和一桁の両親を持っていますから、「戦前教育第二世代」の最後のほうですね。北斗神拳で言えば末弟のケンシロウです(自分で褒めすぎ・笑)。まさか安倍さんたちが同じ世代だとは思ってもいませんでしたが。

実は自分が中学生ぐらいのころから、少し下の世代と自分たちを含む上の世代に「潮目」があることは何となく感じていました。というのも、自分たちの世代ぐらいまでは「上下関係は絶対。部活でしごきは当たり前。言い訳無用、くやしかったら実力で見返せ。」のような文化があったからです。

その下の世代のことを良く知っているわけではないですが、先輩に対してタメ口を聞いたり、友達と同じ扱いをするような話でした。これは自分にとっては信じられないことでした。

ある先生は「戦前の教育の影響が本格的になくなった」と表現していました。そのときはピンと来ませんでしたが、おそらく本当だったのでしょう。ただし岡崎氏の考えだとそれまでずっと戦前教育が影響していたわけではなく、戦後教育第一、第二世代の間に我々が戦前教育第二世代としてサンドイッチのように挟まっていたことになります。先生は戦後教育第一世代の人も多かったでしょうから、私たちのほうが特殊に見えたかもしれませんね(笑)。

 

で、戦中派とその子供たちに親米が多いことにも理由があります。

ひとつには「国際社会は力の勝負」という現実のもとに完膚なきまでにアメリカに敗戦し、「ボスはアメリカ、日本は子分」という順位付けが確定したことです。サルでもニワトリでもそうですが、群れの中でより高い順位を目指して(特にオスは)争います。しかしいったん順位ができてしまったら、上位の個体には逆らわずに従ったほうが、自分も死なずにすみますし群れ全体の秩序が安定します。アメリカに負けた日本がアメリカを尊敬して手を組むのは、生物学的にも間違っていません。

日本はアメリカとの決勝戦に負けましたが、幸い生き残ることを許されて世界第二位の経済大国に返り咲きました。政治的・軍事的にはまだまだですが、日本がその面にまで力をつけるとアメリカの地位を脅かすのでほどほどで良いと思います。一度負けたにもかかわらず副長の座を許されている国がトップを狙って上を陥れるのは、自分がその権力を完全に引き継げる自信があって、100%確実なタイミングに限られます。失敗すれば完全に消されますから、無理をしてアメリカと対立する理由はありません。日米が手を組んでいる限り、たとえ残りの全世界が向かってきても敵ではありません。その現実がわかっているので、日本を滅ぼしたい連中の日米離間策に乗るのは愚の骨頂だと考えます。

 

ふたつ目の理由は、アメリカと協力して共産主義と戦ってみたら、思ったより居心地が良くて繁栄できたということ。アメリカとしてもソ連との対抗上、西側諸国に貿易の門戸を開いて意図的に繁栄させたという側面もあります。それでも自分は日本の高度成長により幸せな時代に育ったという思いがあります。世界が平和であることはひとときもありませんでしたが、自分が育った時代の日本に戦乱がなかったのは、日米安保のおかげです。「アメリカは汚ねえ!横暴だ!」と思いながら、「でも他の狂人国家よりはるかにマシ」という現実的な判断があります。

 

それに加えて、「アメリカ万歳。ソ連は悪魔」という西側プロパガンダの影響もあります。アメリカもスパイ工作やプロパガンダは積極的にやっており、日本もそれにやられちゃったということは大人になってから知るわけです。しかし「負けちゃったものはしょうがない。それよりもアメリカから学んで、同じ失敗をしないように」と考える傾向が強いと思います。

ちなみに「過ちは二度と繰り返しませんから」という石碑を見ると、「過ち=負け戦」と解釈します。戦争自体は過ちでも、悪でもない。負けたから悪者にされるだけ。だったら次は、負けなきゃいいんじゃないかと考えます。そこが「過ち=戦争=軍隊=平和憲法死守=武器を捨てれば攻められない」と考える人たちとの大きな違いです。

 

こうして考えると、どうして自分が「消去法だけど確信的親米保守」なのかという理由がわかるような気がしてきました。自分としては当然の論理的結論であったとしてもそれはこれまで育った時代背景や教育があるからで、別の人は違う考えを持っていたとしてもまったくおかしくありません。中国大陸に幻想を持つ人たちの考えはさっぱりわかりませんが、彼らには彼らなりの背景があってそう考えるのだろうということは想像できます。

(続く)

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コメント

はじめまして。
ずっとROMっていましたが、今回の話はかなり面白く、心当たりもあるので反応してみます。(仮説を裏付ける傍証になれば、幸いです)
私は1969年生まれなので、6.の戦後教育第2世代なのですが、父親は昭和8年、母親が昭和10年生まれで、どちらかというと戦前教育の色を強めに受けている3.と4.の境目辺りの世代です。
ただ、父親自身が父方の祖父の家業を手伝う(次男なので、長男の補佐を期待されていた)のが嫌で、独立したような人なので、それほど上下関係が絶対、という家ではありませんでした。
さて、戦前教育第2世代と戦後教育第2世代で上下関係絶対⇔タメ口関係という潮目を感じた例について、下の世代側である私の場合を挙げてみます。
私は高校時代、関西にある進学校(旧制中学からの歴史と伝統を何かと持ち出す、私とは合わない学校でした)に通っていたのですが、そこのイベントとして、瀬戸内海の離島に夏休みの1週間程キャンプを行う、というものがありました。
卒業生から有志を募り、伝統と歴史を新入生にバシバシ仕込む、という戦前教育の色を強く残した行事です。
受ける側からすると「ゼータガンダムが見れねぇ」程度の緩い気持ちで参加するのですが、竹刀片手に「伝統を汚すな!」「○○高校生らしさを忘れるな!」等とガナリ立てる卒業生らに対し、恐怖/畏怖するよりは、違和感と「ああは自分はなりたくない」という気持ちを持った事を覚えています。
卒業してから、この行事がどうなったかを友人らから聞いた話では、私の代くらいから指導する側の卒業生達が非常にユルイものになっていき、昔とは全然雰囲気が違ったものとなってしまったそうで、現在は行事自体が廃止されてしまっているそうです。
私自身の感覚からも、この世代論はかなり説得力のあるものですね。

(よ)さん

面白い話をありがとうございます。私や先生たちが感じた「潮目」というのはみんなが感じているのかもしれませんね。

竹刀片手にガナリ立てる卒業生たちですか…未体験のハードSMプレイですね。仮に私がそれを体験したとしたら「こんなことは繰り返してはいけない」と思ったに違いありません(笑)。

社会に出ると「命令絶対」のような会社は長期的には生き残りにくいですが、短期的には業績を上げやすかったりします。伝統や文化を強制することが良いとも思いませんが、それがなくなると今度は社会のモラルが保てないような気がします。

社会はこのようにして「規律と自由」の間を振り子のように揺れているのかもしれません。

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