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2007年9月18日 (火)

興亡のサイクル(3) 「闘争技術」「価値創造技術」、そして「既得権」

2007年8月1日の日経新聞「経済教室」で、小林慶一郎さんがこんなことを書いていました。

経済活動には新しい価値を創造する「生産技術」と、すでにある価値を奪い取る「闘争技術」がある。このように分けて考えると、問題点がわかりやすくなる。(by ジャック・ハーシュライファー教授)

その記事は格差是正が本題だったのでここでは深く立ち入りませんが、闘争技術に資源を投入することは成長を阻害し、人々は格差への不公平感をつのらせるようになるということを切り口にしていました。同じ記事で感動した方もけっこういらっしゃるようですので、勝手にリンクします。

紅(くれない)日記 http://d.hatena.ne.jp/asdfge/20070801/p1
伊藤洋一公式サイト Ycaster 2.0 http://arfaetha.jp/ycaster/diary/post_146.html

 

今回のお題「興亡のサイクル」は、ここから自分なりに思考を広げていった仮説です。つまり社会が安定し豊かになるほど、内紛が激化して外敵に対して弱くなるのではないか。その現象には各文化で特徴的な部分と、共通の部分があり、歴史の必然として避けられないこともあるのではないかということです(すでに誰かが言っていることかもしれませんが、そうであればぜひとも教えてください)。

では、用語を再定義してからこの仮説のアウトラインを述べようと思います。

価値生産技術 = 新しい価値を生産し、人々の生活を豊かにしたり、便利にしたりする技術。ただの「生産技術」では意味が広すぎるので、「闘争技術」との対比でこう表現した。

闘争・収奪技術 = それ自体は新しい価値を生まないが、自分が生み出した価値を守ったり、他者から奪ったりする技術。

  1. 「闘争・収奪技術」は「価値創造技術」と相反するものではなく、相互補完的なものである。というのも自分が価値を創造して得たものを奪われないためには戦わなくてはならないし、自分が価値を創造できないのであれば他者から奪うしかないから。これらはもともと個人の生存本能に根ざしているので、誰でも両方の技術を持ち合わせている。時代や状況によってバランスが変わるだけ。
  2. 人間の群れがある程度大きくなると、今度は共通の利益を守るための「専門闘争集団」が自然に発生する。外敵と戦い、内部の争いを減らして共通の利益を追い求める役割がある。各国の政府、会社の経営陣、軍人・武士などはこうして始まったものであり、「専門価値創造集団」などと役割分担することで集団が繁栄しやすくなる。各個人はそれぞれの専門的領域に特化することで、利益を得る。
  3. しかし平和な時代が長く続くと、集団の「共通の利益」に対する認識が薄くなる。国や会社をつくりあげたカリスマがいなくなると、それぞれの集団が組織防衛の観点からそれぞれの利益を主張し始める。組織内組織が乱立し、内乱のような状態になるということ。
  4. 軍隊や諜報組織は自分では価値を作れないので、内部から軽んじられるようになる。予算も削られ、優秀な人材を確保するのに苦労する。対策としては仮想敵を常に用意しておいたり、ときにはわざと戦争を起こしたりもする。
  5. また社会が高度に分業化されると、生産技術よりも闘争技術のほうが手っ取り早く儲けることができるようになる。たとえば企業を訴えることで何億のカネが手に入るのであれば、働くことがアホらしく思える。その結果、科学的な思考やプロセスを磨くよりも、プロパガンダや印象操作などに熱を入れたほうが報われる世の中になる。
  6. みんなが「闘争収奪技術」に力を入れ、「価値創造」がおろそかになるため、その集団は長期的に衰退する。全体のパイが減っている中で、自分だけの取り分は守ろうとさらに闘争・収奪を激化させるという悪循環にはまる。
  7. 「自分が経営をしなくても、誰かがやっているだろう」「自分がやらなくても、誰かが国を支えてくれるだろう」といった他力本願が蔓延する。一部の人間が懸命に支えたところで、評価する人も少人数でしかない(笑)。結局、既得権を守ろうとする闘争集団にやられてしまう。(←今の日本はここ)
  8. 国や会社が目に見えて衰退し、「あれ、このままだと俺まで大損するんじゃね?」とアホでも気付くようになってから、ようやく共同体としての軌道修正が行われる。逆に言うとそこまで落ちないと、衰退傾向に歯止めがかからないということ。そこから復活するか、滅亡するかは努力次第(笑)。

 

補足しましょう。

「闘争・略奪技術」というと物騒ですが、誰でも持っている技術です。母親が赤ちゃんにミルクをやっていると、その上の子供が「ボクもボクもー」と甘えてきます。父ちゃんが他の女にプレゼントをやっていることがバレると、面白くない奥さんは夕飯としてどんぶり一杯のカール(by 森永製菓)を出して「兵糧攻め」にします。ともに自分に対する愛情や資源を確保しようとする「闘争・略奪技術」であり、子供のうちから誰でも無意識のうちにやっているんです。

しかし人々が集まって生活するうちに、役割分担しようという話が出てきます。屈強な男たちが闘争・略奪技術を持つ専門集団(=軍隊)を作って外敵に備える一方、集団内での争いを調停しようということです。そして他の男は狩猟や農作業などを行い、女たちも生産活動や子育てなどそれぞれの「価値創造集団」に属して集団に貢献します。そのほうがおそらく女子供にまで戦わせる村や、屈強な男までもが子育てに忙しくて武芸を磨く暇がない村よりも強いのでしょう。今では人口の多い先進国はほとんど志願制の軍隊になっているのは、その影響と思われます。

しかしそれで平和が長く保たれ、社会が安定して豊かになってくると、「そもそもどうしてこんな仕組みができあがったのか?」という意識が失われます。つまり「共通の利益を守るために役割分担しているのだ」というところから「いかに自分の利権集団のために利益を奪ってくるか」ということにフォーカスしてしまうのです。経営者たちは派閥に分かれて主導権を握ろうと争い、従業員は会社の価値を自分たちのほうに持ってこようと組合を作って闘争を始めます。お互いに「利害が一致しているライン」で闘争が踏みとどまれば良いのですが、こういった対立はしばしばエスカレートして会社を破綻に導きます。

こういう時代には、軍隊などは大変です。「自衛隊は人殺し!」「武器を捨てたら攻められない。だから武器を捨てよう!(ただし日本だけ)」という人たちが湧いて来るからです。建国の英雄が元気であれば「おまえらバカじゃねえのか!国がなくなりゃ自由も年金もなくなるぞ!」で済む話ですが、平和な時代にはいろんな人の声に耳を傾けなければなりません(笑)。むしろ「価値創造」に忙しい人はそんなにヒマじゃないですから、ちょっと極端でおかしい人たちの声だけが大きくなったりします

軍隊は軍隊で大変です。仮想的を作って煽ったり、なんやかんやと自分たちの利権を守るべく画策します。軍隊がなくなってしまうことは国がなくなるのとほぼイコールですから、彼らの危機感は相当なものです。また貧しい国では軍隊の給料も名誉も平均より高いですが、豊かな国では逆になります。すると人材が集まらなかったり、敵国に買収されたりして、いっそう弱体化が進みます。しかし逆に軍隊の力が大きくなりすぎると今度は組織維持のために不要な戦争を起こしたりしますから、難しいですよね。

もともと日本政府は日本人の既得権を守るための専門闘争集団です。公務員の方々は自分で公僕などと言って謙遜しておりますが、甘く見てはいけません。彼らはアメリカ組直系の経済ヤ○ザ(武闘派ではない)、日の丸組の直参です。上から「カタギには手を出すな」と言われて腰を低くしているだけなんです。我々もその恩恵に預かっている構成員ですから対立する理由はないのですが、それを忘れて政府叩きに熱中してしまう人もいるんですよね。

 

さて、軍隊以外にも闘争的な色彩が強い職業があります。たとえば弁護士などです。マスコミや金融・投資にもそういう面はありますね(私もその一員ですが)。これらは人々の権利や財産を守る職業である反面、それを濫用することによって他人が生み出した価値を効率良く奪うことも可能な職業です。

これらのほとんどに国家による資格やら規制があるのは面白いですよね。力のある闘争集団が国と対立しすぎるとしっちゃかめっちゃかになりますから、あらかじめ首輪をつけているのでしょう。この枠を外れるとヤミ金だとか、詐欺師だとか、ブラックジャーナリズムと呼ばれます。

さて、豊かな社会ではこういった「闘争的色彩」のある職業のほうが、純粋に付加価値を作る職業よりも儲かったりします。先ほど挙げたような弁護士、マスコミ、金融投資系、同列にすると申し訳ないでしょうが暴力団もそうですね。そういった傾向がエスカレートすると、科学的な思考やプロセスを磨くよりも、ハードな暴力・プロパガンダ・印象操作による工作に熱を入れたほうが報われる世の中になります。

 

このあたりの仮説には異論もあるでしょうが、本題に近づくために続けましょう。

一般的に日本人は「価値創造技術」を得意とする一方で、「闘争・略奪技術」には長けていないと言えるでしょう。製造業がすばらしい製品を生み出しているのに対して、政治的にはいつも譲歩させられたり、カネを巻き上げられてやられっぱなしです。イランの油田を放棄させられたと思ったら他国の企業がちゃっかりそれを取得していたり、カネや技術を供与してシベリアを開発したのに、「環境問題が片付かない!」と難癖つけられて権益の一部を放棄させられたりします。スポーツにおいても不可解な判定で勝てなかったり、日本が勝ちすぎるとルールを変えられることの繰り返しで、なかなか突き抜けることができません。

これは日本の強みでもあり、弱みでもあると思います。というのも価値創造の能力があるのであれば、闘争・収奪技術を磨く必要はないからです。自分で光合成ができる植物は他の植動物を食い物にする必要はありません。それができない生物たちが、他の動植物を食べるスキルを必要とするのです。

 

「しかしいくらなんでもやられすぎだろう。自国民を拉致されたり、竹島や油田を取られても土下座しながらさらにカネや技術を差し出すなんて、ハードMじゃないの?」

という疑問もあるでしょう。なぜかなあと考えたところ、こう思い立ちました。

  1. 日本は価値生産技術が社会的美徳と強く結びついており、闘争技術は評価されない。あるいは憎まれると言ってもよい。
  2. だから金融・投資技術は発達しないし(泣)、訴訟社会にもなりにくい。
  3. 根底には「相手の言うことを信頼して自分の判断を委譲し、自分の仕事に集中する」という高信頼社会がある。
  4. だから仲間として内側に入り込み、内部からの収奪に集中する人々にはメチャクチャ弱い

こういった背景があるのではないかと思います。

 

しかしいくら日本人が価値生産技術に優れていても、ある程度の闘争技術を持たないと自分たちが生産した価値を守れないことも事実です。自分たちがそれに気付いて手を打たないと、自分の既得権しか考えない人たちに内部から潰されてしまうからです。

また中国・韓国・北朝鮮などの儒教国家は、日本と対極にある専門闘争集団です。自力では鉄道もロケットも核弾頭もイージス艦もステルス機も作れませんが、すぐ近くに機密だだ漏れのお気楽国家があるために、その国の政治家や財界人を買収したりハニートラップにかけたりすることで収奪のスキルを高めています。

儒教国家では自分のほうが相手より格上であることを示すために、格下と思われている国(人)に競って無理難題を吹っかけるという傾向があります。この場合は中国・韓国・北朝鮮がそれぞれ自分のほうが偉いのだと証明するために、競って日本から収奪を行うということです。譲歩や話し合いで何とかなる相手ではありません。

 

では、相手と戦うことにあまり興味がなく、収奪にエクスタシーを感じない日本人はどうやってわが身を守ればいいのでしょうか。そのヒントは映画「七人の侍」にあると考えています。

(ものすごい長編になりそうな気がしつつ、さらに続く)

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コメント

はじめまして。いつも更新を楽しみにしております。

「興亡のサイクル」ということですが、偶然面白いサイトを見つけたので、お知らせいたします。

「ヤスの備忘録 歴史と予言のあいだ」の「サイクルマガジン」という記事です。ヤスさんには無断ですがアドレスを書きます。
http://ytaka2011.blog105.fc2.com/blog-entry-36.html

1969年にジョージ・リンゼーという方が発表した「The Other History」という本によると「36年と40年ないし41年、55年ないし57年、および64年ないし69年のサイクル 」というのがあるそうです。
以下は、そのサイトからの抜粋です。

「リンゼーによると、まず基礎となるのが40年ないし41年の変動サイクルだという。これは出発点となった歴史的事件が引き起こした変動が一応の終結とその最終的な結果が出る期間だとされる。1789年に始まったフランス革命が、ちょうど41年後の7月革命で、ブルジョワジーによる市民革命は一定の成果を持って終結したとされているのがよい例だ。36年周期は40年ないし41年周期を補完するサイクルとされている。
例が煩雑になりすぎるので詳述は避けるが、55年ないし57年、および64年ないし69年のサイクルは、社会のシステム全体を変えるようなより長期的は変動をあらわすとされている。 」

1969年に書かれたその本は様々な分析をしているそうです。

「第2次大戦は1939年に起こったが、その36年から40年後にあたるのは1975年から82年だ。この時期には第二次大戦の戦勝国は経済的困難に直面するであろう。」→オイルショック

「1917年のロシア革命から69年後にあたる1986年から87年にかけてソビエトは崩壊へと向かう流れに入るであろう。発展から後退の動きは徐々に起こる。」
「次の社会変動の発端となった1926年の周期が終焉するのはその64-69年後の1990-1995年であるし、フルシチョフ政権が誕生する1954年の変動から36年から41年周期に当たるのがやはり1990-1995年だ。だがそれだけではない。1956年のハンガリー動乱から36年から41年周期に当たるのが1992-1997年だし、1936年にスターリンによる大粛清の55年から57年後は1991-1993年だ、1990年代に4つの周期がすべて交差している。ソビエトに没落の時期があるとすれば、おそらく92年から93年にかけてであろう。」→ソビエト崩壊

長くなるので書きませんが、サイトでは戦争の終わった1945年からの日本をそのサイクルに当てて分析し、2009年に敗戦期に匹敵するような巨大な変動があるのではないかとしています。

「アカシックレコード」で予告している日中戦争ですが、「復活!三輪のレッドアラート!」というサイトでも「米中戦争の布石」という記事を書いており、説得力のある主張がされています。

こちらも三輪さんには無断ですが、アドレスを。
http://klingon.blog87.fc2.com/blog-entry-372.html

他の方の記事ばかりで、私の主張がない投稿で申し訳ございません。

下手をしたら北京オリンピック前に戦争になってしまうかもと考える今日この頃です。

反グローバリゼーションさん

面白いですね。なんとなく言われていたサイクルをちゃんと研究している人がいるんですか。2009年というは多少前後するにしても、ひとつの節目かもしれませんね。

三輪さん、快調に飛ばしてますな。私は中朝戦争があるとしたら、それは米中戦争への布石ではなく代理戦争と考えています。それも核保有国vs核保有国もどきの好カード(笑)。アカシックでは「もしかしたら年内にあるかも」と予測を前倒しましたね。

しかしそれがアメリカの意向だったとしても、福田さんが総理のときにそれをやるのかなあと疑問なのですよ。

安倍さんが相談をしていたのが中曽根さん。中曽根さんと読売新聞のドンはツーカーの仲。その読売が福田さんを押している。だけど安倍さんは中朝戦争に反対。清和会としてはどうなのよ?

…多くのピースの中にはウソ情報が混ざっているはずですが、なかなか「だから総理は福田さんだな」と浮かび上がって来ないんです。福田さんでなくてもいいんじゃないの?

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