新刊出来!

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

Google Analytics

  • トラッキングコード

« 興亡のサイクル(3) 「闘争技術」「価値創造技術」、そして「既得権」 | トップページ | 興亡のサイクル(5)支配の正統性、アイデンティティのゆらぎ »

2007年9月19日 (水)

興亡のサイクル(4) 収奪者から身を守る方法

ものすごいうろ覚えのまま再現する、映画「七人の侍」オープニング。

====================================
ある寒村で、農民たちが泣いている。

「ひえーん、ひえーん。また野武士たちがやってくるだよお」
「去年も麦を奪われ、娘っこを連れて行かれただ。せっかく立ち直ったのによ」
「またおとなしく差し出せば、殺されることはねえっぺ。ガマンするだよ」
「狼に足を差し出せば、次は腕をよこせと言われるだ。キリがねえっぺ」
「野武士は二度と来ないように皆突き殺すだ」
「おめ!そんなことして皆殺しにされたらどうする気だ!」
(喧嘩が始まる)

「村長(むらおさ)、どうすべえ?」
「…やるべし」
「!!」
「侍を探せえ。腹をすかせた侍をな」
====================================

 

映画ファンでなくともよく知られた、「七人の侍」(黒澤明監督)のオープニングです。

奪われるばかりだった百姓たちが村長の決断で団結し、村を守る努力が美しい映像で描かれています。あんまり書くとネタバレになるのですが、日本の危機ですから許してください。

この物語を「国や会社を収奪者から守る」の観点から描くとこうなります。

  • 価値創造技術しか持たず、闘争・収奪技術が弱くても、利害が一致する他の闘争集団と手を組むことで生き残ることができる
  • 弱者に思われている百姓だが、生産物・知識・情報を隠したりできるから意外としたたかだ。
  • 生き残った侍は最後に「結局勝ったのは農民」と言うが、これは「生産する人間がいなければ闘争・収奪技術も意味がない。生産する人間は自分の立場を理解してうまく立ち回ることで、闘争集団をコントロールして身を守ることができる」と解釈することができる。

これを今の日本になぞらえると、こうなります。

  • 闘争・収奪技術に興味がなく、強大な軍事力がなくとも、利害が一致する他の闘争集団(米軍・NATO)と手を組むことで日本は生き残ることができる
  • 弱者に思われている日本だが、生産物・知識・情報などを自分でコントロールできるようになれば相当したたかだ。
  • 「結局勝ったのは日本」という結果に持ってゆくためには、生産する人間がいなければ闘争・収奪技術も意味がないということを自覚し、他の闘争集団に影響を及ぼす意思を持つことである(その能力ならすでに充分持っているから)。

要するに、材料はすでに揃って自分の手にあるのだから、その価値を自覚して一方的に収奪されないように考えてくださいよということです。

 

紆余曲折を経ながらも、村は野武士軍団の撃退に成功します。戦いが終わってみな被害を受けたわけですが、いちばんマシだったのは農民、七人の侍は仲間を失い、野武士はほぼ全滅です。村にとってはまずハッピーエンドと言えるでしょう。

映画では、まず村長が「闘おう」と決断することから物語が始まりました。そこから自分たちに足りない「闘争技術」をどうやって補おうかと考え、失業していた腕の立つ侍を雇うことになりました。お互いの利害が一致したわけです。

しかし現実問題として、「みなで闘おう」というところにこぎつけるまでが大変だったりします。今の日本は「野武士に狙われている」という自覚がありません。村長をひきずりおろして自分がその椅子に座ろうとする人間や、野武士から賄賂をもらって村の情報を教えたりウソ情報を流して村を混乱させる人間ばかりです。

日米安保(=侍との契約)のおかげで野武士の収奪(中国・韓国・北朝鮮・ロシア)を最小限に留めているにもかかわらず、侍を追い出して野武士を招きいれようとする連中もいます。アメリカがいつでも正しいとは思いませんが、日本と利害が同じで、長い実績があることを認めようとしないんですな。

 

自分を守るのに一番確実なのは、自前の闘争集団を持つことです。農民であれば自前の軍隊を持つことでしょうし、日本であれば独自の外交と核武装などを進めることです。民間企業が経済団体を作って、政府に要望を出すのもこれに似ていますね。

もしそれが性格に合わないだとか時代にそぐわないのであれば、自分たちの価値生産技術を尊重して保護してくれる専門闘争集団に対し、利益と引き換えに保護を願い出ることです。農民と侍、日本と米軍、お店と暴力団などの関係がこれに当たります。賢い闘争集団であれば、価値生産技術を持つ人をいじめて自分の利得を減らすことは考えません。

しかし価値生産技術を持っている連中がアホだと、「誰に保護してもらうのがトクか」という判断を間違えることになります。農民が侍を追い出して野武士に搾取されたり、日本人が米軍を追い出して人民解放軍に粛清されたり、お店が任侠ヤクザを追い出して経済ヤクザに乗っ取られるといった場合です。

この判断を間違えてしまうと、後になっていくら優秀な侍を雇ってもムダです。「助けて下さいよお」と言われて前で戦うと、後ろから撃たれて死んでしまいます(ローマ戦争のハンニバル状態)。そんなアホウのためには、部外者はおろか内部の者も闘おうとしません。その結果、国が滅んでしまうのです。

 

賢い人々は、そんな状態になる前に団結して対策を考えます。

野武士と通じている者がいればまずは締め上げて白状させ、できれば相手側にウソの情報(ディスインフォメーション)を流して混乱させます。村を売ることのペナルティをたっぷり課して、誰も裏切らない体制を作るでしょう。独裁国家であれ民主国家であれ、国を守るというのはそういうことです。

ただし村人全員に「このままでは先がない」という共通認識がないと、こういった対策を打つのが難しいことも事実です。裏切り者を締め上げると「体罰反対!」「プライバシーの侵害だ!」「犯罪者にも人権はある!」「軍靴の足音がああ!」とうるさい人たちが邪魔するからです。その結果、対策は遅れに遅れ、国がなくなることもあります。

(続く)

« 興亡のサイクル(3) 「闘争技術」「価値創造技術」、そして「既得権」 | トップページ | 興亡のサイクル(5)支配の正統性、アイデンティティのゆらぎ »

コメント

はじめてコメントさせていただきます。
いつも興味深く読ませていただいております。『興亡のサイクル』もとても興味深いです。

リンゼーの64年サイクルとはリンゼー時代の人の平均寿命くらいでしょうか。

指導者層の世代交代(興亡)と社会の大変革はリンクしているのかもしれませんね。

明治維新から64年と言うと1932年。
満州国の建国と515事件で犬養首相が殺害された年です。ここから大東亜共栄圏思想->大東亜戦争へ・・・。

そこから64年と言うと1996年。
村山首相がやめたくらいで大きな出来事はなかったカモ・・・。ぃゃそこから失われた10年が始まってますね。

どこから64年とみるかにもよりますが『興亡のサイクル』と言うベクトルで歴史をみるとまた興味深いです。

話は変わりますが、小生はまだまだ 安倍、麻生、中川昭一 ラインに期待してます。
誰かが言っていましたが、『国民が安倍首相を見捨てたのではなく、国民が安倍首相から見捨てられた』この意見に憂国を感じずにはおられません。

名刺は切らしておりまして・・・ さん

平均寿命が延びた分、サイクルが延びている可能性がありますよね。結局は「一国はひとりを以って興り、ひとりを以って滅ぶ」ということだと思いますが、人材を絶やすことなく引き継いでゆくのが国としての底力なのでしょう。

期待できる政治家たちが国民に愛想を尽かしたり、分断工作によって滅ぼされることなく、次々に誕生してくることを願ってやみません。

国民が安部さんに見捨てられたのだ・・・と私も思ってます。>名刺は切らしておりまして・・・ さま


安間さんの書かれたものを読むと、日本もまだいけるかも!と言う感じに、なんだかとっても元気になれるんで、エントリを心待ちにしているんです。・・・が、いつもはテキメンなのに、今回ばかりは落ち込みが大きいせいか、もやもやした不安が払拭されません!!!

中国におもねる政治家は、一体どんな未来を日本にもたらそうと思っているんでしょうか?ほんとうに分かりません。

↑安倍さんの名前、誤変換のまま送信してしまいました。
こんなことにも落ち込んでしまいますた(TT)ううう。

hanacoさん、

応援どうもありがとうございます。

日本の危機を何とかせねばと思っているのですが、好転したと思ったらまた押し返されたりで心休まる時間がないです。

私にできることは情報を知らせたり、意見を公開してみなさんの参考にしてもらうしかありませんからね。収奪の意思を持たない人間の、せめてもの抵抗ですよ。

言論統制される前に、書くべし!書くべし!書くべし!(笑)

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1852/8002117

この記事へのトラックバック一覧です: 興亡のサイクル(4) 収奪者から身を守る方法:

« 興亡のサイクル(3) 「闘争技術」「価値創造技術」、そして「既得権」 | トップページ | 興亡のサイクル(5)支配の正統性、アイデンティティのゆらぎ »

フォト
無料ブログはココログ

スポンサードリンク