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2007年9月20日 (木)

興亡のサイクル(5)支配の正統性、アイデンティティのゆらぎ

さて、社会のサイクルを説明するため、七人の侍と村人たちがその後どうなったのかを勝手にシミュレーションしてみましょう。

************ 七人の侍、その後 ************

野武士を撃退した村は、平和を取り戻した。

決断を下した村長(むらおさ)やそれを手伝った幹部たちは大いに尊敬されるようになった。「働いてもどうせ野武士に奪われる」と諦めていた村人たちも、脅威が去ったことで生産意欲が上がった。彼らは戦いで荒れた田畑を修復し、さらに開墾を進めて豊かになっていった。

ときには水や土地のことで揉めることもあったが、村長や幹部が裁定して争いをおさめた。内輪もめして野武士につけこまれるよりはマシだったし、何よりも村長たちには「村を救った英雄」としての権威があったからだ。

「いつまた野武士がやってくるかもしれない」という恐怖が残っているため、自警団はそのまま残った。一緒に戦った侍たちは町に戻ったが、村人はいつでも助けてもらえるよう謝礼を払い続け、彼らが自由に村に逗留できる家も残した。戦死した侍と村人の墓は大切に守られ、年に一度は村長をはじめみなでお参りした。

・・・戦いが終わって、20年が過ぎた。
村長や幹部はすでにこの世になく、その子供たちが村の顔役となっていた。

かつての寒村はいまや大きな村になり、工業や商業を営むものも現れた。両替屋や問屋が突出して豊かになった。

村の顔役たちは基本的に農家だったので、豊かではなかった。しかしその中には両替屋や問屋と結託し、公金をくすねて甘い汁を吸う者が現れた。二代目村長はそれをとがめたが、カネになびく幹部や、村長側のみを攻撃する瓦版の前に苦戦している。何よりも二代目には先代ほどの実績や権威がないため、村人たちが言うことを聞かないのだ。それでも昔のことを覚えている村人が残っていたから、村長の権威はまだ保たれていた。

しかし村長が三代目になると、公然と攻撃する者たちが現れた。
「ボンボンのくせに、過分な椅子に座ってんじゃねえ」
「この平和な時代に自警団はもう時代遅れ。解体しろ!」
「何も生み出さない侍たちにいつまでムダ金を払うのか。さっさと手を切れ!」
「戦死した侍と村人の墓があるが、そこに村長がお参りすれば戦争賛美になる。平和なこの村にふさわしくない」

おかしなことを言う連中が瓦版の編集権を手にし、あの手この手で村長をひきずり下ろしにかかった。歴史的な経緯を知る者も、伝える者も少なくなり、村人はそれぞれの金儲けに熱中している。

みんな忙しいので瓦版の情報だけで判断し、今の村長の続投を望んでいないようだ。
今度の選挙では「野武士との対話」を掲げる自称平和主義者の村長が誕生するかもしれない。

村人のひとりであるあなたは、どちらに投票しようか迷っていた。

あなたの両親は保守的で歴史を教えてくれたので、瓦版の記事は一方的で信用できないと思っていたからだ。子供の頃から比べると、みんな好き勝手なことばかり言って妙な連中がはびこる世の中になったと思う。

そんなとき、ある幼なじみがこう言った。

「なあおまえ、堅苦しく考えんなよ。村長や侍は何の努力もしないで俺たちの年貢を奪っている寄生虫なんだよ。みんなそう言ってるんだから、従わないと損だよ」

あなたが考え込んでいると、彼はやおら声を潜めこう続けた。

「実はね、俺たちのバックには野武士軍団がついているのさ。これは秘密な。カタブツの侍たちと遊んでも面白くないが、彼らは酒や女で歓迎してくれるんだよな。で、うまく村長たちを追い出したら、俺を幹部に取り立ててくれるってさ」

あなたが驚いた顔をすると、彼はさらにたたみかけた。

「村のことなんざ誰も考えていないこのご時勢だ。俺たちを敵に回して報われない戦いを続けるか、それとも幹部に取り立てられて人生を楽しむか、答えは決まっているだろうがよ」

*******************************************

 

簡単に解説します。

村は戦いによって平和を取り戻したのですが、時間が経つにつれて別の問題が発生します。

 

まずひとつは「支配の正統性」が疑問視されるようになったことです。

初代の村長や幹部には、「野武士を撃退して村を守った」という実績があり権威がありました。たぶん事実に尾ひれがついて「神話」の主として崇められたことでしょう(笑)。

しかし時代が経つにつれて情勢は変わってきます。「一致団結して国を守った」という集団としての記憶は薄れ、それぞれの生活やビジネスが主な関心事となります。さらに他に力がある勢力(たとえばカネやメディア)が出てくると、必ずしも既存の支配層と利害が一致せず、内部で争いが起きる可能性があります。

この「支配の正統性」は、国という大きな「ヒトの群れ」をまとめる上で頭の痛い問題です。

たとえば中国共産党は「鬼畜ファシスト日本人を撃退し(ウソ)、混乱の大陸を統一(ホント)。戦勝国として国連常任理事国となり(ウソ)、核兵器を開発して(ホント)米露と対等に渡り合う超大国(希望)」という神話のもとに「だから我々がこの国の支配者なんですよ」というロジックで国をまとめています。

だから共産党は大戦中は逃げ回っていただとか、戦勝国で常任理事国は台湾(中華民国)だったでしょとか、SF講和条約にも参加させてもらってないくせにとか、国共内戦・大躍進・文化大革命・天安門事件で自国民を数千万人殺したよねにと言われるとツライ。ヒジョーにツライ。

支配の正統性が疑問視されるとただでさえバラバラになりやすい中華民族や少数民族が、いつものように軍閥に分かれて好き勝手してしまうからです。だから先手を取って「日本人に数千万人殺された」だとか、「台湾を国として認めない」とか、歴史を塗りつぶしながらウソを補うためのウソをつき続けなければならないわけです。いうなれば、「いまだ国造り神話を捏造中」ですな。ご苦労さま。

 

その点、日本は楽ですよお。

どんな国でも「支配者」と「神話」は結びついているんですが、国造り神話の血筋が支配者として現代にまで続いているのは日本の皇室だけです。憎まれ役を引き受けて責任を取るのは統治をアウトソースされた政府や幕府であり、それが潰れても日本の国家元首が天皇陛下であることは変わりません。これが国民の心のよりどころとなり、社会の安定性をもたらしています。一般的に立憲君主制(世襲の王様がいて、憲法によって制限される国)のほうが、共和制(大統領がいる国)よりも政治的安定度が高いことも以前書いたと思います。

(過去ログ)皇室-日本人が気付かないバリュー
http://wildinvestors.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_8ef5.html

逆に言うと、日本を滅ぼしたいと思ったら今の男系皇統を断絶させることが長期的に有効な戦略となるでしょう。正当な支配者の血筋が絶えてしまえば国民は精神的な拠り所を失い、支配者の地位を巡って争いが起きるからです。

そんなわけで、私は「女系天皇容認」を日本滅亡の工作とみなしています(笑)。

 

もうひとつは、「自分たちで村を守るのだ」という防衛意識が薄れてきたことです。

自分がやらなくても誰かがやるだろう(ソーシャルローフィング)、自分がやっても何も変わらない(政治的無関心:ポリティカルアパシー)という気分が蔓延し、そこに収奪者の手が伸びます。

野武士たちが武力で攻めてきたらまだ対処はできますが、巧妙に村を乗っ取られたり、意思決定を操作される諜略間接侵略に弱くなります。「村を守ってくれた人たちへの感謝」を村人が否定したら、村のために戦おうとする人間はいなくなります。侍と村人を分断する「平和主義者」の甘いささやきも危険なワナです。

そんなわけで、私は「靖国神社や自衛隊・米軍に対するいちゃもん」を日本滅亡の工作とみなしています(笑)。

 

そしておそらく、そういった時代には他者とのつながりが薄くなって、自己認識(アイデンティティ)が揺らぐんでしょうね。高度化した産業の中で歯車となり、社会との接点が薄れ、一種「根無し草」のような気分になってしまうかもしれません。

たとえば「自分探しの旅」「スピリチュアル」というのは、かつてあまり表に出てこなかった言葉でした。自分なら探さなくてもここにいたし、神社仏閣や山河森林は充分にスピリチュアルで、お年寄りや坊さんなどが物語を語り継いでくれました。テレビのカリスマなど必要としなかったのです。

多くの人は家族・学校・郷土・会社の中で暖かく育てられ、家族愛・愛校心・郷土愛・愛社精神…自分の居場所それぞれに愛着を持ち、その延長として愛国心がありました。

しかし今は愛国心・郷土愛など公の愛情が否定され、自己愛やせいぜい家族愛といったきわめて私的な愛情が過大に重視されています。一部の教師は国の権威を徹底的にバカにしながら、その一員である自分の権威は尊重してくれとわけのわからない教育をしています。

 

自分はいろんな人にかわいがられ、お世話になりながら育ったので、日本を嫌う人たちの気持ちはわかりません。イライラしたり情けなく思うことはあっても、どこまでも自分の祖国です。

しかしもしかしたら、「日本が嫌い」という人の深層心理は「自分が嫌い」というところから発しているのではないかと思っています。「日本が嫌い」という人たちには一度、こう聞いてみると面白いでしょう。

「日本は好き?」      →「キライ」
「地元は好き?」      →「キライ」
「学校は好き?」      →「キライ」
「家族は好き?」      →「うるさいなあ、もう」
「じゃあ、自分自身は?」 →「!!」

精神的に満たされない人は自分に価値がなく、どこからも受け入れられていないように感じ、社会を憎んでしまうのかもしれませんね。昔はどんな人でも受け入れられる場所があったのですが、それが失われつつあるということでしょうか。

さて、バラバラになりそうな人間の群れをつなぎとめ、内部崩壊に陥らないようにするには精神的・物的な拠り所が必要です。それは王様だったり、物語だったり、お祭りだったり・・・。さらに言うと、不安な時代にそれらを補って人々の心を満たすのは宗教やナショナリズムだったりします。

ただそれは内部崩壊の代わりに、集団狂気を導くこともあります。

(本業がおろそかになりそうなまでの熱を帯びながら、さらに続く)

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コメント

拝啓、今は居場所が 無くなりつつあります。 悪循環に陥っております。m(__)m        草々

以前より拝見して共感を持っております。不定期なことと更新が少なかったので、今回のボリュームの多い更新は驚きに満ちています(笑)解りやすい物語にかぶせたシナリオに感嘆しております。

いつも楽しく読ませてもらってます。
ふと思うに、北朝鮮と言う誰の目にも明白な敵がある今の時期は、国をまとめるチャンスだったのかもしれませんね。(実際は韓国と中国も明らかに敵なのですが・・・)
そう思うと、今回の参院選におけるマスコミの報道(デマ?)は、日本が生まれ変われるチャンスを失くしたと言う意味で国賊ものだと思います。
現在、日本が世界第2位の経済大国であるのは先人の努力はもちろん、地政学的状況とアメリカの後ろ盾があったからというのは明白だと思います(ソ連だったらどうなってたか・・)。歴史を振り返って、誰が侍であって、誰がタカリの野武士かというのは明らかだと思うのですが・・。
更新楽しみにしてます。

初期では野武士=農民共通の収奪者だったため、農民たちは協力して野武士撃退システムを作成して、見事野武士を撃退しました。
時間が経つにつれシステムの運用コストが重くなり、また野武士撃退システム内の集団内で新たな収奪者=一部の農民+両替屋+問屋が現れました。
旧来システム上での権威者=村長がそれに対処しようとしましたが上手くいきません。しかも新たな収奪者と旧来の野武士が結託します。野武士は知恵をつけ旧来の手法での収奪を目論見、旧来システムの破壊工作を始めました・・・というのがこのお話の大まかな流れでしょうか?
旧来システムの運用において発生する弊害に解決策を出せないまま来た結果、信頼性が損なわれ、そこを付け込まれてしまっているということですね。
もう少し加えると、初期型生活システムの他に別の生活システムも誕生しており、野武士も武力略奪から寄生タイプへの変化の徴候が見られます。
こういうシステムの構成要素や前提条件、対象の変化に伴って適切に対処するのが普通ですが、日本の場合何故か、システムの保守でも改良でも新システムの導入でも金切り声を上げて喚く方が多く、何もしないまま終わってしまうパターンが多いですね。(それが目的なのでしょうが)
なんといいますか、儒教国家の不磨の大典の如き発想やその裏返しの革命思想とかはいい加減止めて欲しいものです。

(^O^)風顛老人爺さん

釣り道具のチェックは完了しました。あと数週間少々お待ちください。

kitahoriさん

ありがとうございます。書いているうちにこのテーマが頭から離れなくなり、哲学者のように考え込む今日この頃です。脳みその容量が減ってきているので、ブログに書き残すことにしました(笑)。

ぶー太郎さん

「誰と手を組んで、誰と疎遠になるか」というのは人生における最も重要な判断だと思うんですがね。「明らかに自分によって良いことがない相手」を見抜けない人がいるのはしょうがないのですが、大勢の他人を不幸に巻き込むのはやめてほしい…。

通りすがり さん

なるほど。「システム」「コスト」「構成要素」「前提条件」「対象の変化」などの観点から整理するとすっきり見えてきますね。さすがです。

「日本の場合何故か、システムの保守でも改良でも新システムの導入でも金切り声を上げて喚く方が多く、何もしないまま終わってしまう」これには大笑いしました。確かにそうです。そのままでも文句言うくせに、どないせいっちゅーんじゃ(笑)。

拝啓、管理人さん 鰯で鯛を釣って下さい。m(__)m         乱文にて  草々

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