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2007年9月28日 (金)

興亡のサイクル(7) 組織興亡の一般理論

日本固有の問題にも触れましたが、再び「興亡サイクルの一般理論」に戻りましょう。

 

国や会社といった組織は、「ヒトの群れ」が自分自身を守ろうとするために作った集団です。なぜならばひとりひとりがバラバラでやるより会社を作って役割分担したほうが効率的に生産活動を行うことができますし、弱い個人がバラバラに外敵と戦うよりも集団で戦ったほうが有利だからです。

「うちのシマに手を出して見いや!おどれの組員皆殺しにしたるで!」

というぐらい脅し合い、力が均衡してはじめて群れの間の争いは減ります。力の均衡が崩れたら、強い群れが弱い群れを攻めて領土や利権を奪い取ります。

グループで結束してともに戦えない群れは滅び、子孫(会社)を残すことができません。それはサルなどの群れを見ればわかるように、適者生存による進化の産物です。

 

人間は友情だの親子愛だの愛社精神だの愛国心だの、それぞれ美しい名前でコーティングすることによって、グループの結束を賞賛します。しかし実際のところ、人間も他の動物とたいした違いはありません。外敵や人間同士の関係の中で、慈しみ、結束し、考え、争い、嘘をついたりそれを見破ったりしながら生き残って来ただけなのです。

こう考えると結局のところ、人間(あるいはある社会)にとっての美徳とは、「群れ」として生き残るために有利な特徴を後付けで説明しただけに過ぎないのかもしれませんね。

 

しかし社会が安定し、「群れ」として生き残ることがそれほど重視されなくなると、今度は個人が群れの掟に反して利益を追い求める余地が出てきます。

「そんなわがまま言うのやめようよ。国がなくなったり会社が潰れたら、自分たちも大損するよ」

などと考えてしまう人は、なかなか自分の幸せを掴むことができません。その結果、国や会社に貢献している人たちは少数派になってゆき、タカる人ばかりが増えてゆきます。

 

このことを説明するために、荒っぽいですが人間を2種類に分けてみましょう。

  1. 国や会社に対して価値を作り出すことで生きている人々(価値創造系)
  2. 価値を奪うことで生きている人々(闘争・収奪系)

両者が争った場合、(1)が勝つことはまずありません。なぜならむやみに争うよりも協力して価値を作ることが楽しいので、どうしても自分で方法や労力を制限するからです。

またこの人たちはものごとを長期的に考える傾向があるので、「結局は共倒れになる」という事態を恐れます。日本の場合は特に優れた歴史上の教材がたくさんあり、たとえば鎌倉幕府がなぜ源氏三代で終わってしまったのかを考えると「兄弟ゲンカは滅亡のもと」という教訓が得られます。したがってどうしても、(2)より先にチキンレースから降りることになるんですな。

 

それに対し、(2)の方はやりほうだいです。争ってばかりではお互いに打撃を受けるのですが、それに気づいていないのかもしれませんし、相手を譲歩させるためにお互いの利益を人質に取って脅しているのかもしれません。そもそも、変な公共心などを持っていては、激しい権力争いに負けてしまいます。

また(2)の人々は自分で価値を作ることができないことを知っているので、闘争・収奪のスキルを常に磨いています。仕事といえばそれしかないので、基本的にはヒマなのです。で、ありあまる時間を使って収奪を試みるわけです。

特に国内や社内で争った場合、勝負は見えています。つまり「意地が悪くてしつこい奴が勝つ」ということです。

それが長く続くと構成員もその環境に適応し始め、(2)ばかりが増えて(1)が減ってゆきます。それがモラルの低下や、衰退につながってゆくのではないか。そのサイクルは60-70年ぐらいで繰り返しているのではないかということです。

 

では、(1)の人たちはずーっと報われない人生を送るしかないのか?

・・・逆説的ですが、群れが存亡の危機にさらされないと、この流れを逆流させるのは難しいのかもしれません。つまり人々が「群れで活動することのありがたさ」を再認識するまでは、モラルの崩壊が止まる理由はなさそうだということです。

そして、その傾向に歯止めをかける最も顕著なターニングポイントは戦争や内乱ではないか? というのが、現在のところ有力と考えている仮説です。

(続く) 

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