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2011年2月25日 (金)

民主主義は万能ではない

チュニジアの騒乱をきっかけにエジプトのムバラク政権が倒れ、リビア・イエメン・バーレーンなどアラブ諸国に独裁政権打倒の動きが広がっています。

特にリビアは「砂漠の狂犬」ことカダフィ大佐が発砲するわ空爆するわで内戦状態に陥り、手が付けられないありさまです。

それに触発されてイラン・中国あたりでもデモが起こり、国際情勢は一気にきな臭くなってきました。

 

欧米など西側諸国は「民主化運動」には表向き賛成です。

もちろん内心は政府が変わっても自国の権益を守りたいでしょうし、この際できれば他国の権益を頂戴したいところでしょう。

単純に「民主主義バンザイ」と考える人を除けば、今の流れを利用すべく動いていることと思います。

 

ただ、この騒乱が簡単に終わるとは思えません。

というのも今回のアラブ社会の騒乱は「食えなくなった」ことが根本原因であり、人々が民主化を求めているとは思わないからです。

民主化が貧困や格差の解決策だとも思いません。不自由でも独裁でも「食える」なら良いのです。

独裁者やそのとりまきだけが贅沢をするのは褒められたことではありませんが、強いリーダーが国益を守るのならそれもアリです。

 

「自由」や「民主主義」は独裁国家と戦争するときに、民衆を奮い立たせる魔法の言葉になります。

しかし自由でなくても民主主義でなくても、それなりにうまくやっている国に対し、「民主主義にすれば不満はすべて解決するんだ」と押し付けるのは危険なことです。

なぜならどの国にも特有の家族制度や慣習があり、人々はそれに似たような政治制度や会社組織を作る傾向があるからです。

 

たとえば日本は民主主義ですが、選挙は「義理と人情」だったりします。小さな町ではドロドロの権力闘争です。

会社を作っても「利益を出し成長する組織」ではなく「家族的な互助会」になったりします。

おそらくこれは、「みんなで家を盛り立てる」家族制度の名残りではないかと思います。滅私奉公する代わりに保護を求めるという関係を、気づかぬうちに会社や国に対して求めているということです。

日本文明は西洋文明に比べ、個人戦ではなくチーム戦の意識が強い。そのチームは目的のため集められた団体ではなく、血縁・地縁である。そして個人そのものよりも「看板・ブランド」に忠誠を誓う傾向があるといった感じでしょうか。

それは日本の気候と歴史の中ではぐくまれた生き残りシステムです。無意識で当たり前のことなので、簡単には変えられないでしょう。

しかし逆に言うと、昔の家族制度の影響が薄くなれば会社の人間関係や国のあり方も変わる可能性が大きいです。

 

これによって「日本は西洋に比べて遅れている!」と言いたい訳ではありません。

日本なんかまだマシなほうで、アジアやアフリカなどはもっと激しい部族社会です。

誰かが出世すると一族郎党が引き上げられて栄華を極めます。他の部族は信用できないので要職はすべて身内。賄賂横行、裏金まみれ。縁故主義(ネポティズム)ゆんゆんです。

その間、他の部族は冷遇されたり弾圧されたりします。しかしそれがひっくりかえると一族が粛清されて、また別の一族が取って代わります。逆に言うと権力を失えば皆殺しの危険があるので、権力を握る側が先手を打って恐怖政治を行っているのです。

 

こういった国はいつも部族や地域間で争っているので、ちょっとバランスが崩れると簡単に紛争地域になります。また外国につけこまれてたやすく植民地にされたりします。

しかしこれも、簡単に変えられるものではないと思います。

なぜなら彼らは「出世したときには一族に恩恵をもたらすことを期待されながら」育てられ、「周囲を一族で固めないと危険」という社会に生きているからです。

それらを無視して一足飛びに民主主義を導入すると、みんなが当たり前だと思っていた社会的な約束事が通用しなくなり、不安定になります。

 

したがって外から何か大きな変革がもたらされても、結局はその土地に合った政府や支配体制に戻ることが多いのです。

たとえばソ連崩壊後のロシアは民主主義になりましたが、中身は結局むかしながらの「皇帝による専制政治」に戻っています。中国では皇帝や科挙制度がなくなっても、やはり強い皇帝とエリートたちが国を動かしています。

平坦な国土を抱える国では敵を弾圧しないと安心して眠れませんから、中露は構造的に独裁国家が適しているかもしれないのです。

 

民主国家と独裁国家が戦争すれば、多くは前者が勝ちます。

「経済戦争」でも勝利を収め、植民地にすることもできます。

しかしだからといって「民主主義を導入すればどんな国も平和で豊かになる」と考えるのは因果関係が逆ではないでしょうか。

国民を分裂させることなく民主主義を健全に維持できる文明は、構造的に技術革新や戦争に強い。その結果として他の文明より優位に立ち、平和と豊かさを享受できる

こちらの考えのほうがしっくり来ますね。

 

(ちなみに今の日本は凄い勢いで西洋文明の豊かさと平和から離れ、大陸の文明に接近して、停滞と閉塞感が渦巻く戦前のような動きになっています。しかしそれはまた別の機会に。)

 

中東の民主化そのものには反対しません。

しかしその土地にある家族制度や慣習を尊重したものでない限り、独裁が続くよりも悲惨な混乱と人心の荒廃をもたらす可能性があります。

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