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2011年5月23日 (月)

福島原発: 日本文明の限界(3) あなたは私を幸福にする義務がある

日本人はあまりにもひどい政治に落胆し、「政治の神様」のところへ行った。

「神様、どうかお願いです。まともな政治家を我々に遣わしてください」

「おお、日本人。まだ迷っておるか。外交にも経済危機にも強い首相がいただろ? あれはどうなった」

「彼はあまりにも漢字の読み間違いが多いので、辞めてもらいました」

「おお、そんなことで辞めさせるとは・・・。では次の友愛精神にあふれる研究者はどうだった。おまえは政権交代を望んでいたのだろう」

「彼はあまりにも心が広すぎて、日本の資金・技術・権利を外国人にあげてしまうのです。我々の生活が貧しくなってしまいます」

「じゃあ今の首相はどうだ。国民目線でクリーンな政治家を求めていただろう?」

「彼は他人のせいにするばかりで、自分がリーダーである自覚がないのです」

「日本人よ。人間は誰にも得意・不得意がある。だからともに助け合い、批判し合い、成長するのだ。至らない人間を選んだのだとしたら、それは選んだほうに責任がある。経営の基本じゃよ」

「いいえ、神様! 政治家たちが悪いのです」 日本人は語気を荒げた。

「それにあなたには私を幸福にする義務があります。どうか賢くて、勇敢で、カッコ良くて、人気者で、クリーンで、国民目線で、それでいて国際的で、経済に強く、我々が監視しなくても身を粉にして命懸けで働いてくれる政治家を私に下さい!」

「おお、なんと嘆かわしい! 日本人よ。そんな他力本願では詐欺師の甘い言葉に騙されてしまうぞ」

「構いません。私が何の心配もなく人生を楽しめるよう、完璧な救世主をいますぐ遣わして下さい!」

神様はしばらく唸って考えていたが、やがてふっきれたような表情で向き直った。

「日本人よ。ひとつだけ取っておきの秘策がある」

「おお、さすがは神様! してその秘策とは?」

「この幸運のペンダントを身につけたらすべて解決じゃ。100万円のところを今なら50万円に負けておくぞ」

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小話に解説をつけるのも野暮ですが、続けます。

日本の政治が良くならないのは政治家だけが問題なのではなく、国民が他力本願で「自分たちで自分たちを統治」することを怠けているからという話です。

身もフタもないですが国民のレベルに合った政治家たちであり、今の日本人は騙されることを望んでいるようです。そのうち神様までレベルを合わせて詐欺を働いてくるよと(笑)。

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これは日本で投資詐欺がなくならないことと、根っこは同じなのではないかと考えます。

つまり「自分の代わりに努力して幸せにしてくれる義務を持った人がどこかに居る」という一種の幻想です。

「値上がり確実な未公開株を売ってくれる」という手口に騙されてしまうのは、世界のどこかに自分を儲けさせてくれる義務を負った人がいると思っているからです。

「元本保証で高利回り」みたいなマニフェストを信じてしまうのは、自分でそれを実現すべく具体的に考えたり行動したこともなく、他の誰かが自分の代わりにその夢を実現すべきと思っているからです。

「甘え」や「幼児性」とも言えますが、基本的な思考回路が非現実的なのです。だから詐欺師に甘い言葉をささやかれると、「待ち望んでいたものがついにキター!」と引っかかってしまうのです。

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「近くにチンピラがたむろしてて怖いんですよ。私はあなたほど腕っ節が強くないですから。基地は提供しますしカネも出します。軍艦も飛行機も整備しますよ。あなたが困っていたら助太刀します。だから守ってくださいね」

こう頼むのは現実的です。お互いに利害が一致しているので、取引として成立するからです。敗戦後の被占領国としてはいたしかたない部分もあります。実際には事が起こってみないとわかりませんが、相互依存関係を深めておくだけで周辺諸国には充分な抑止力となります。

しかし、

「おまえは俺を命懸けで守る義務がある。おまえが死にそうでも俺は関係ないから勝手に死ねよ。基地を移転させろよ。基地ができた後でわざわざ近くに引っ越してきた住人がかわいそうだろ。移転先は合意したよな?移転反対派を応援したら当選したよ。移転できなくなって困ったよ。どう責任とってくれんだよ!」

これは非現実的です。相手の立場に立って気持ちや利害を考えず、一方的に責任や努力を押し付けるのは狂ってます。しかも敗戦国がそう居丈高に要求しているのです。

自分で努力して身を守ろうとしない人間を、どこの誰が命懸けで守ってくれると言うのでしょう?

ここで「大丈夫、俺が命懸けで守るから。君は何もしなくていい。軍隊なんか要らないんだよ」と囁く詐欺師が現れたら、簡単に騙されて占領されてしまいそうです。そんなおいしい話が現実にあるものだと、心のどこかで信じていればそうなるでしょう。

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その狂った思考が日本の主流となりつつあるのは怖いことです。

「おまえ、土日でこの仕事やっとけよ。俺は遊びに行くから」

こんな人が出世する会社では、普通に働いている人にばかり負担がのしかかります。

「ちょっと休ませてくれ。それに少しは手伝ってくれよ」

などと言おうものなら

「なにを甘えているんだ! 人間としてのプライドはないのか。目の前の苦労から逃げるなよ。 自分ができないことを人のせいにするんじゃない!」

と逆に説教されます。鬱や自殺が増えるのも当然です。

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ただ最近、こうも考えます。

人間は自分が望んだものを得るのだと。

たとえ間抜けなカモだとしても、それは今の日本人が「そうなりたい」と願っている理想の姿なのだと。

(続く)

2011年5月 8日 (日)

福島原発: 日本文明の限界(2) なぜこの人が日本の首相に?

タイムリーなところで菅首相が「浜岡原発の停止」を要請し、物議を醸しています。

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私はこの提案自体に反対ではありません。

原子力というテクノロジーを今後も維持する上で、今回は貴重な教訓を得ました。それは地震そのものの加速度が耐震性の基準値(438ガル)を1.25倍上回っていても、原子炉は安全に停止できたということです。

しかし福島原発はその後の津波の衝撃、そして電源の喪失によって今回の事態を招きました。

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一方で、津波を食らわない立地であった東北電力の女川原発は何事もなかったかのように操業を続けています。(失礼、運転再開はこれからでした)安全に停止した上に、被災者の避難所となっています。

ですから耐震性をさらに強め、津波に直撃されないような立地や設備を整え、電源のバックアップを拡充すれば、原発をさらに安全に運転できるのではないかと思うのです。

逆説的ですが今後も原子力を使いたいのであれば、それらの修正が終わるまでいったん原子炉を止めるのが良いと考えていました。

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こう書くと私は「原発推進派」と見られそうですが、実は原発にはこだわっていません。原子力というテクノロジーを維持できれば、何でも良いのです。

その理由は「CO2削減」とか「安い電力供給」などといったものではなく、単純に

核武装に必要

だからです。

危険な技術でかえってコスト高かもしれないけれども、周辺のヤクザ国家から身を守るためには手離してはいけないテクノロジーだと考えています。

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日本は今、国を守る「意思」を失いつつありますが、その「能力」だけはかろうじて残っています。

ここで日本が原子力技術を失ってしまったら、中国やロシアは喜んで技術者を引き抜き、日本の領土を奪いに来るでしょう。

そのときになって日本が国を守る「意思」を取り戻したとしても、核武装する「能力」は失っています。尖閣だろうが南鳥島だろうが離島をガンガン奪っても、反撃はできません。

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今は日本に核武装の「能力」があるので、周辺のヤクザ国家にも多少の遠慮はあります。しかしその能力を無くしたとしたら、チベットや東トルキスタンと同じ運命になるでしょう。

そうならないためには、原子力のテクノロジーは手放せません。

カネを稼ぎ、技術者を養い、試行錯誤を繰り返し、常に進化し続けなければらならいのです。

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話がそれましたが、核武装論者の私であっても「浜岡原発の停止」という提案には反対しません。

しかしなぜ浜岡だけなのか?

原発は全部止めれば良いじゃないか。全部を一度に止めるのが無理でも、電力を融通し合いながら危ない順に片付けよう。良い機会だから国の予算を付けてちゃんとやろうぜと思うのです。

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実は私にとって、菅首相はわかりやすい人物です。

というのも彼は常に「民衆にとっての悪役」を探し出し、それを懲らしめることで自分を善玉ポジションに置くという思考回路を持っているからです。

「悪玉」は薬害エイズだったり、カイワレ大根だったり、小沢一郎さんだったり、東電だったり、浜岡原発だったりします。しかしいくら悪玉が変わっても、菅直人が善玉であるというストーリーは変わりありません。つまり彼は水戸黄門になりたいのです。

ただその視点が実に「市民活動家」的であり、世の中がどうやって動いているとか、人々がどう支え合っているのかということはわかりません。社会に出て働いたり、経営した経験がないので仕方がないのです。

今回もたまたま、市民活動の仲間から「みんなが浜岡原発を不安視している」と聞いたのでしょう。だから浜岡「だけ」がターゲットなのです。

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これは決して悪口ではなく、菅さんのような人は必要だと思います。彼が大活躍できて、なおかつ周囲もハッピーになる適切なポジションがあると思います。

しかし一国の首相としてはまだまだ経験不足です。前首相の鳩山由紀夫さんもしかり。

これはむしろ選び出す国民のほうに問題があるでしょう。他にマシな選択があるはずなのに、思考停止して怠けているようにしか見えません。

(続く)

2011年5月 5日 (木)

福島原発: 日本文明の限界(1) 倒産する会社に似た現象

福島原発は、2ヶ月近く経過してようやく1号炉の建屋を覗くことができるようになりました。

しかし危機管理が全くできておらず、「失敗の本質」に書いてある旧日本軍と同じ弱点をさらけ出した点で、いろいろ考えさせられる状況が続いています。

 

そこに書いてあった「旧日本軍の弱点」とは、以下の通りです。

  1. 情報軽視・技術軽視・人命軽視
  2. 自分や他人の失敗から学べない
  3. 失敗したときの代替(コンティンジェンシー)プランがない
  4. 指揮系統や責任がはっきりせす、勝手な「命令」が飛び交う
  5. 能力や意欲のない人物が出世する。たとえ失敗しても「栄転」する
 

まずそのタイプの原子炉は危ないという情報や、改善勧告を無視したことは「情報軽視」です。

いざというときの作業用ロボットを用意せず、電源喪失のケースを考えなかったのは「技術軽視」です。

普段は下請け・孫請け・ホームレスに作業させ、いざというときは自衛隊や消防隊に「特攻」させ、代わりはいくらでもいると考えて満足な装備や処遇を与えないのは「人命軽視」です。

チェルノブイリやスリーマイルから学べなかったのは「自分や他人の失敗から学べない」ということです。  

「原発は安全だ。だから事故のときのことは考えなくて良い」というのは代替(コンティンジェンシー)プランがないということです。

対策室ばかりが増え、スピードが上がっているように見えないのは「指揮系統や責任がはっきりしていない」からです。

責任ある立場の人々がどこか他人事で、責任のなすり合いをしているのはそんな人々が出世したからです(ついこのまえ責任を取って辞めたはずの人が重職に返り咲いています)。

 

今回特に考えてみたいのは最後の部分です。

今の日本は政治家にしても経営者にしても、「この人がどうしてこの職に就いているんだろう」と思うことが多くなりました。

もちろんちゃんとやっている人は目立たないでしょうし、たまたま問題がある人を大きく報道するだけなのかもしれませんが、まるで倒産直前の会社のように組織が機能していないのです。

 

政治家や経営者は責任者として先頭に立って問題を解決しなければならないはずです。

しかし「俺は悪くない」「コイツの責任です」などと、問題をほったらかしで責任回避ばかりしているように見えるのです。

この現象について、私は「誰が悪いから」「しょうがないから」で終わらせる気はありません。なぜならその思考回路が問題の根源ではないかと考えるからです。

したがってここでは当事者意識を失うことなく、自分を含めた日本社会の問題として考えてみようと思います。

 

日本中の期待を背負って政権交代を達成した民主党ですが、財源のないばら撒きや、支持母体を考えればできるはずのない公務員改革など、およそ実現不可能なマニフェストを掲げて来ました。

自民党への幻滅や批判が大きかったにしても、それよりもマシだろうと国民が期待したことは間違いありません。

しかしほどなく、民主党の面々が「文句タレ」の域を出ていないことを知りました。国民は民主党にも幻滅し、次はどこに投票したら良いのか迷っている人々は大勢います。

 

ここでは民主党が口ばかりだとか、何でも人のせいにするなどといったことは問題にはしません。

「地位が人を作る」という言葉があるように、重い責任を負えるようになるには長いトレーニングが必要です。それまで他人の悪口を言うことで人気を得てきた人々がいきなり国の経営をするのは荷が重過ぎるのです。

むしろ問題は、経験や能力がまだ足りない人々に過剰な期待をしリーダーとしてもて囃したかと思うと、すぐ幻滅して次の救世主を求めてしまう日本人の幼稚性にあるのではないかと考えたりします。

 

今の原発処理を見ていると、まるで倒産直前の会社のように組織が機能していません。

上は現場のことも、技術のこともわかっていない。その仕事に人生を賭けてきたわけでもない。

「チェッ、俺のときだけこんな事故が起こるなんてついてないな。誰に責任を押し付けて尻拭いさせようか」

こう考えているように見えてしまうのです。

そして下に対しては「散らかった燃料棒を明日までに片付けておけよ!できなきゃクビだからな!」と命令するだけです。自分にはアイディアがないので、権力をカサに着て脅しつけるしか方法がないのです。

 

そう言われると下のほうはツライ。

装備も処遇も敬意も名誉も与えられず、「お前の責任で解決しろ!」と命令されるだけなのですから。

仕事と責任をすべて丸投げされ、うまく行けば報酬・成功・名誉は上のもの、失敗すれば自分の努力や名誉は守られずクビです。やってられません。

上からは「命懸けでやれよ!」と凄まれますが、全く説得力がありません。シロウトの思いつきを真に受けて自分が本当に死んでしまったとしても、全く見返りがない犬死にです。

「こんな奴のために死んでたまるか。怠けていてもちゃんとやっても怒鳴られることには変わりない。素人にはどうせわかりゃしないんだし、仕事してるフリしてお茶を濁そうぜ」

というように自己防衛に走ります。

 

その結果、目指すゴールは達成されません。

上司はますます怒鳴って圧力を強めますが、下はますますやる気を失います。

ミスが増え、離脱者が増え、似たような失敗が繰り返されるだけです。

 

これは現場を責めれないでしょう。

上がそんな状態だとやる気が起きないし、実際にやるだけ損だからです。

ただ我々が「日本の問題」として考えなければならないのは、なぜそんな人が上に立つようになったのか、それを修正する仕組みはないのかということです。

 

これは以前に書いたように、日本の家族制度に根ざしているからではないかと考えたりします。

それは日本の強みでもありますが、もしかしたら平和な時代が続くと同じような問題を発生させる「持病」なのかもしれません。

 

60-70年おきに頭をもたげる日本の問題。

その根本原因となる「幼稚性」。

それについて考えます。

 

 

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