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2012年8月31日 (金)

米中冷戦における日本(5):軍部利権としての朝鮮併合

 

日本に黒船がやってきたとき(1853)、世界は弱肉強食の帝国主義でした。

産業革命によって西洋とアジア・アフリカの科学力・産業力格差は絶望的なまでに開き、列強が資源と市場を確保するため植民地を広げる時代でした。

武器や輸送技術(蒸気船・蒸気機関車など)が発達し、東洋の大国であるインドや清までもが収奪の対象になりました。 最後はいよいよ日本の番です。

日本も最初、西洋列強を追い払おうとしました(尊王攘夷)。しかし薩英戦争や下関戦争で「だめだこりゃ」とすぐ悟り、制度改革や外国交易によって富国強兵をはかることになります。こうして明治維新が始まり、日本は西洋的国民国家を作ると同時に近代化をなしとげました。

 

一方、ロシアはオスマントルコの弱体化につけこんで南下政策を進めていました。

しかしクリミア戦争(1853年)では英仏との産業力の差を思い知らされ、露土戦争(1877年)では一定の成果を収めたものの各国の警戒を呼んで欧州における南下政策を断念します。

そこでロシアは、アジア方面の領土拡大に力を入れます。清の弱体化に伴い、すでにアイグン条約(1858年)と北京条約(1860年)で外満州と現在のロシア沿海州を手に入れています。

 

日本には危機感がありました。

どの列強が朝鮮半島を支配するにしても、次は日本にやって来る。

特に怖いのはロシアです。ロシア文明は西洋文明に次ぐほどの科学力があり、荒っぽい戦争をします。そしてアジア人を人間とは思っていません。もっとも当時、白人以外は人間扱いされないことが普通でしたが。

現実に文化露寇(1806)や対馬占領事件(1861)などが起きており、領土拡大に関して野心満々であることは明白です。

そのロシアがシベリア鉄道を使って軍を送り込み朝鮮半島にまで勢力を延ばしてきたら、次は日本は植民地にされてしまうかもしれません。自分よりも優れた文明がすぐ隣にやって来ることの恐怖があったのです。

 

それなのに清も朝鮮も現実を見ようとせず、国内で足の引っ張りをするばかりです。

当然、「アジアが団結して西洋に対抗しよう」という人々もいました。これは興亜論とかアジア主義と言われます。しかし思想の世界にどっぷりと漬かって現実を見ない清や朝鮮の態度は、次第に幻滅へと変わって行きます。

朝鮮開花派の熱心な支援者だった福沢諭吉は、甲申事変(1884)での金玉均処刑にショックを受けました。その後論説で「だめだこりゃ」と完全に匙を投げました。

[脱亜論より]

悪友を親しむ者は共に悪名を免る可らず。我は心に於いて亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり

 

そこで日本は日清戦争(1894)で清と戦い、これに勝利。朝鮮半島から清の影響力を排除し冊封体制から脱却させました。

清との戦争を「楽勝」と誤解している人も多いようですが、陸奥宗光などは最後まで楽観していなかったようです。それまでは清こそが東アジアの大国であり日本など取るに足らない存在だと思われていたのが、これを境に見る目が変わりました。

 

しかし日本が三国干渉に屈服したのを見て朝鮮王室はロシアに接近。高宗はロシア公使館で1年ほど執務をし、ロシアをはじめ列強に利権を提供する事件が起こります(露館播遷)。

高宗は日中露に対抗して皇帝を名乗り、国名を朝鮮国から大韓帝国に変更(1897)。自国を同ランクに格上げしながら列強の相互牽制による独立維持をはかります。

せっかく戦争までして中国の影響を排除したのに、肝心の朝鮮自らがロシアを招き入れるので日本にとっての軍事的脅威はなくなりません。

 

そこで日本はロシアと戦い、これに勝利します(日露戦争1904)。

日露戦争は近代戦において有色人種が白人に、近代的立憲君主国が前近代的専制国家に勝利したという意味で世界に衝撃を与えました。

 

これだけ見ると「日本人ってスゴイ!」と思います。

確かにこの時代、多くの人材が能力をフル活用しながら困難な時代を乗り切ってきました。

黄色人種ながら植民地化されることなく列強側に回れたことは、誇って良いと思います。

 

しかしこの勝利はロシアの勢力拡大を喜ばない関係各国、特に鬼畜の大英帝国(←褒め言葉です)のサポートがなければ不可能でした。

大英帝国は自国の利権を守るために欧州、中央アジア、東アジアなど各所で「ロシア封じ込め」に動いており、その点で日本と利害が一致したのです。

日英同盟(1902)は日本に対しかなり好意的な内容でした。日露戦争でも中立を装って他国の参戦を牽制しながら、兵器・諜報・妨害・宣伝・資金調達などで日本側が有利になるよう動きました。

日本の努力や犠牲を過小評価するつもりはありません。実際に戦闘においてロシア軍を叩いたのは日本軍です。

しかしより大きな「戦争」というコンテクストで見た場合、当時のシーパワー覇権国家「鬼畜の大英帝国」(←褒めちぎってます)の極東代理店として、ランドパワーの雄ロシアを撃退したのが日露戦争だったと言えるでしょう。

 

この戦争の結果、日本は朝鮮半島(大韓帝国)に対する支配権を露米英に認めさせました。

桂タフト協定によれば、桂は日露戦争の原因を韓国政府(大韓帝国)の外交のせいとしており、このまま放置すれば他国と勝手に条約を結んでまた日本を戦争に巻き込むだろうとしています。この認識に基づき大韓帝国の外交権は接収され、事実上日本の保護国となりました。

大韓帝国はその後もハーグ密使事件(1907)のように勝手に外交しようとしたため、日本が内政権も掌握。軍隊を解散させました。

Wikipediaなどを調べると「度重なる韓国側の条約無視により、日本では併合賛成派が優勢となっていた。併合に慎重だった伊藤博文の安重根による暗殺(1909)によって日本国民は怒り、1910年の日韓併合につながった」とあります。

 

????? わけがわからない  ?????

 

「大韓帝国が条約を無視して勝手に外交し、ロシアを招き入れるから困る」ということはわかります。伊藤博文を暗殺して、日本国民が怒っていることもわかります。

しかしその報復がどうして、「日本との併合」なのでしょうか?

 

当時の日本はロシアに勝ち、列強と認められています。有色人種からはもちろん白人からも一目置かれ、後には国際連盟の常任理事国になります。だから大韓帝国の中に、日本との併合を望む人々がいることは理解できます。現に当時の最大政党である一進会は「韓日合邦を要求する声明書」を上奏し、日本に併合されることを強く望んでいるのです。

しかし日本側には全くメリットがありません。

当時の大韓帝国は破綻した状態にありました。国は借金まみれ。教育もインフラもなく、産業もありません。当然その費用負担は日本国民に回ってくるでしょう。おまけに国境をロシアと接することになり、陸軍を維持する費用が重くのしかかってきます。まるで今の北朝鮮を併合するようなものです。

そんなことを当時の日本国民が本当に支持したのでしょうか。

 

「おまえー!勝手にチョロチョロ外交するな! ロシア人を招き入れるな! よくも伊藤博文公を殺しやがったなあ! 罰としてお前も一等国民にしてやるー! 教育とインフラを整備してやる。俺たちが代わりにロシアと戦ってやるから覚悟しとけー!」

もはや甘やかしなんてレベルではありません。日本のほうが属国に見える超優遇策です。

 

これがたとえば鬼畜の大英帝国(←褒めてますってば)であれば、釜山や仁川を香港・マカオのように租借して港湾を確保しつつ、防衛ラインと軍事負担を最小限に留めたでしょう。

海洋国家としては海上交通の安全を確保することが最優先であり、その先にある大陸のもめごとに首を突っ込むのは自殺行為だからです。

 

そこでひとつの仮説を立てます。

戦争が終わって大陸から撤退ということになれば、陸軍は予算が大幅に削られてしまう。

それは朝鮮半島に利権を持っている他の人々にとってもマズイ。

この利権を確保するためには朝鮮半島を併合して、「国防費」として聖域化してしまえば良い。

これは日本から資金と技術を頂戴したい、朝鮮半島の勢力と利害が一致します。

本当は台湾のほうが海洋国家にとっては重要ですが、そちらは陸軍などの大陸利権につながらないため捨て置かれた、という仮説です。

 

国際協調派であった伊藤博文は、今で言えば海洋派でしょう。

それに対して朝鮮併合を押し進めた山縣有朋、桂太郎、寺内正毅あたりは大陸派です。

この事件は大陸派(現地民含む)がテロによって海洋派を駆逐し、際限のない大陸覇権主義の口火を切ったとも言えます。

軍部の暴走といえば五・一五事件(1932)を連想する人も多いでしょうが、「伊藤博文暗殺(1909年)と朝鮮併合の時点ですでに海洋国家としての道を誤った」というのが私の考えです。

 

 

日本式植民地経営の特色は、「教育やインフラを整えて民族が自立できることを目指した」というところにあります。

本当はちょっとぐらい欧米のように収奪したかったのかもしれませんが、 人種差別反対の旗印をかかげて戦った手前やりにくかったのかもしれません。 あるいはもともと辺境の民なので、他民族を支配することが苦手なのかもしれません。 ともかく欧米の苛烈な植民地支配とは違ったものであったことは、戦後に独立した各国がそれなりに発展していることからも伺えます。

特に朝鮮半島は資源があるわけでもなく、日本からの持ち出しでインフラを整備しました。東北の農民が飢えても、朝鮮半島の支援を優先しました。

「ロシアの脅威に備える」というお題目があるとはいっても、やはり異常な優遇です。今の日本の「外国のために日本人を犠牲にする政策」「東北復興よりアジア支援」と通じるものがあります。

 

さて、なぜだか朝鮮半島を併合してしまったため、日本はその防衛のために満州国を建設しなくてはなりませんでした。防衛線の拡大、多面作戦、軍事費の増大と大陸国家の重荷を背負うことになったのです。

海洋国家のメリットとして「軍事費が軽い」「文民統制がしやすい」「科学技術や産業が発展しやすい」を挙げましたが、陸軍が肥大化して恒常的に予算を取るようになればそれらは失われます。

国際協調は損なわれ、租税負担は重くなり、科学技術が停滞し、独裁的な行動を取るようになります。もしかしたら日本人の思考回路に小中華思想が「転写」されたのかもしれません。願望ばかりが先に立って、現実的な判断は失われます。

日本は次第に海洋国家と敵対するようになり、ついには対米戦へと踏み切りました。

(続く)

2012年8月29日 (水)

米中冷戦における日本(4):朝鮮半島の思考回路

 

朝鮮半島は地政学的に厳しい場所にあります。

というのも海は日本によって、陸はロシアと中国によって塞がれているからです。

特に韓国は北を北朝鮮によって塞がれており、まさに「完封」といった感じです。北朝鮮との交流を深めるのでなければ、韓国は海に出てゆくしかないのです。

 

下は日韓のEEZ(排他的経済水域)の比較です。世界第6位の広々とした日本のEEZと、押し込まれるように窮屈な韓国がよくわかります。

Img_eez_jp

(良く目にする画像ですが、今回はこちらからいただきました)

 

 

中国・ロシアといった強大な大陸国家と陸続きであるということは、それに対抗する陸軍を維持するだけでも相当の負担となります。そのコストを軽くしたいのであれば、強い国の言いなりになるしかありません。朝鮮半島が長いこと中華の属国だったのは、「軍事費の負担に耐えられない」というちゃんとした理由があってのことです。

一方、海に向かうとこれまた日本という有力な海洋国家と接しています。日本が仮に韓国に意地悪しようと思ったら、シーレーンを塞いで石油などの輸入を止めてしまえば良いのです。ただしそれを決めるのは海上覇権を握っている米国であり、日本の一存で出来ることではありません。

 

この状況に対し、彼ら自身が「鯨に囲まれた海老」という表現を使うことがあります。

地政学で言うランドパワー(中露)とシーパワー(日米)の境目にあるため、どうしても大国同士がせめぎあう場所になりやすいのです。

この無理ゲーのような条件で、戦場にされたり緩衝地帯にされたりしながらもよくぞ頑張ってきたものだと思います。

 

歴史的に朝鮮半島は、ずっと中国の影響下にありました。

仏教の代わりに朱子学を唯一の学問としたため、ある意味で中華思想よりも純粋な「小中華思想」ができあがりました。

これは「朝鮮は中華とともに世界の中心であり、周辺の蛮族や禽獣をその徳によって服属させている」という考えです。

一種の選民思想あるいはカースト的世界観と呼べるでしょう。

本来は朝鮮も「夷狄」つまり蛮族に属するはずですが、中華と同一化することで自国の格上げを図ったわけです。

 

しかし話は次第にややこしくなってきます。

せっかく世界の中心であるはずの中華に事大(力の強いものに仕えること)しているのに、宗主国である中華様がたびたび他の蛮族にやられてしまうのです。

このためか、朝鮮半島の人々の思考回路にはこういった傾向が見られます。
 

  1. 極端な事大主義と恨(ハン)の文化
     
  2. 「事実」より「彼らにとっての真実」がすべて
     
  3. 文化的には最優秀という自負
     
  4. 英雄同一化願望

     

1. 極端な事大主義と恨(ハン)の文化

朝鮮半島において、弱者に味方することは致命的な災厄を招きます。大陸国家かつ属国の常として負けたほうは皆殺しにされるからです。

強い者が「黒」と言えば白いものも「黒」。常に強い者に味方して保身を図らなければなりません。

遼が金(女真族)にやられたら金に事大し、金が元(蒙古族)にやられたら元に事大します。明が隆盛すれば今度は明、その次は清(女真族)にと次々に事大先を変えるわけです。

強者に従う者の中で相対的に「良い子」でなくてはならないためか、誰かを褒めるときに必ず誰かをけなします。「ドイツは偉い。それに引き換え日本は」のように、誰かを引き合いに出して貶める傾向があります。事大先でもない限り単に褒めることは苦手なようです。

 

しかし強者に心から付き従っているかというと、そんなわけではありません。本当は自分のほうが上なのに、今の情勢としては逆らえない。そのストレスを心の中に「恨(ハン)」の情として蓄積し、それを晴らす機会を伺っているのです。

それはかつての支配者や宗主国に対して特に顕著で、没落した「元主人」に対して苛烈な仕返しをすることが知られています。

たとえば朝鮮系日本兵の中国人(元宗主国)に対する暴虐。日本人が半島から引き揚げる際の数々の「逸話」。 韓国の元大統領が逮捕されたり自殺したりで幸福な晩年を過ごすことができないことなどの事例を見ればイメージできるかもしれません。

 

 

2. 「事実」より「彼らにとっての真実」がすべて

「我々は世界一である」という彼らの自負心に対し、現実は常にどこかの属国です。

そのギャップを埋めるために彼らがしたことは、「事実」と「真実」を完全に切り離すことでした。

つまり実際に起こった「事実」が何であれ、我々が一番であるという「真実」は変わらない

たとえばある国に人質を出して朝貢したという「事実」はあっても、我々のほうが強大国であるという「真実」は変わらない、という理屈です。

この「真実」はどうやって決まるかというと、「みんながそう言っている」ということが基準になるようです。

単なるデマや誤報であっても、いったん広まったら「真実」として定着し、覆すのは容易ではありません。

 

韓国人と歴史について話をするとき、日本側が資料を提示しても「捏造だ!」と言われて話し合いにならないそうです。

「真実」はすでに決まっているのだから、それに反論する日本人が出してくる歴史書・地図・条約などは捏造に決まっている。だから読む必要も考える必要もない、というわけです。

相手が日本人であればむりやり言い分を通せるかもしれません。しかしそのようなマインドで科学技術を発展させることは難しいでしょう。

 

 

3. 文化的には最優秀という自負

我々は中華とともに世界最高の民族。完璧な徳をもって周囲の蛮族を従えている。

しかし肝心の宗主国である中華は、たびたび蛮族に征服されまったく頼りになりません。

それならばむしろ歴史の長さや儒教の伝統において、本家の中華よりも朝鮮半島のほうが優れているんだよね、と考え始めます。

その「真実」から類推すると、きっと歴史も中華本家より長いんだよね。ということで近年は「ウリナラ9000年の歴史」を誇るようになりました。

 

お前の国だって何度も征服されとるやないかーい!

というつまらない「事実」を指摘するのはやめてください。そんなものいくら並べたところで「彼らにとっての真実」の前には何の説得力もありません。

 

さて、幸いなことに度重なる戦乱により朝鮮半島に昔の記録は残っていない。

中国と日本には記録が残っているが、漢字を捨ててしまったので韓国には読める奴がいない。

ってえことは、歴史もドラマもクリエイトし放題じゃーん! (*゚∀゚)=3ムッハー!

ということで、韓国の教科書には「彼らにとっての真実」がごく控えめに盛り込まれています。もっと笑いが欲しい方はこんなところやこんなところでご容赦ください。

 

 

4. 英雄同一化願望

強い国や人物に気に入られるためには、そのしぐさや考えを真似することが有効です。

いっそのこと一体化してしまいたいと思うかもしれません。

その思いが昂じ過ぎたのか、今の韓国人には強国の歴史や業績を自分のものと考える傾向があるようです(北朝鮮については不明)。

たとえば「我々(韓国人)が日本に原爆を落として降伏させた」と真顔で言う人がいます。

 

また世界で高く評価されているものは、もともと韓国人が発明・発見したものだと言います。

「孔子は韓国人」だとか「イギリスは韓国領土だった」とまで言い出すので、ネットではすっかり「韓国起源ネタ」として笑いの定番となっています。

すごい人と自分とのちょっとした関わりにあやかりたがる栄光浴なんてかわいいもんじゃありません。「それって君とは全然関係ないよね?」というようなものまで関連をクリエイトして「オレって凄い」と誇ってしまうのです。

 

特に日本人は外見が似ており、西洋人に対して「なりすまし」を働きやすいためか、あらゆるものが「起源主張」「乗っ取り」「書き換え」のターゲットになっています。

たとえば侍・忍者・剣道・合気道・茶道・折り紙などあらゆる文化が韓国起源であるというものです。また各国の「ジャパンエキスポ」に潜り込んで、これらは韓国の文化であると宣伝しています。

これは日本文化が西洋で大人気となったため、その人気や歴史をそのまんま横取りしようという動きです。ネットではこれを「文化略奪」として激しく警戒しています。

 

これは計画的な乗っ取りなのでしょうか?

おそらくそうなのでしょうが、 私はときどき「彼らは本当にそう思い込んでいるのではないか?」と感じることがあります。というのもやり方があまりにもバレバレだからです。

たとえば「孔子は韓国人」だとか「イギリスは韓国領土だった」などと言えば、誰だって韓国人の主張すべてを疑い始めます。日本の文化や歴史を乗っ取りたいのであれば、他国の歴史まで盗むような真似をして疑われないほうがスムーズにできると思うのです。

しかし「世界がスゴイと言うのなら、それはわが国の功績に違いない。みんながそう言っているのだからこれは真実」という思考回路が根底にあれば、その対象が何であれ「韓国起源の主張」は止まるはずがありません。彼らは本当にそう信じたがっているということです。

 

 

竹島についても同じことが言えます。

竹島はサンフランシスコ講和条約(ラスク書簡)で認められていない韓国の不法占拠ですが、韓国側が支配しているのだから騒ぐ必要はありません。しかし彼らは聞いてもいないのに外国で「独島は我が領土」と騒ぎ出し、領土紛争があることをアピールしてしまっています。

彼らは計画的に竹島を取ろうとしているのではなく、(理由は無くとも)竹島はもともと韓国のものだと思い込んでおり、それを日本が奪おうとしていることを恐れてパニックになっているのかもしれません。

 

(A)計画的乗っ取り と (B)疑うことなく自分のものだと信じている

を比較するなら、後者のほうが厄介です。

前者は「日本は怒らせると怖い」「そうすると利益にならない」「他のことをした方が良い」という利害や損得感情でやめさせることができます。

しかし後者の場合は「誇らしい自分のアイデンティティを根底から覆される」ことになります。それがもともと勝手な妄想であっても、彼らにとっては自己を強く否定されるショッキングな出来事です。その瞬間に何をしでかすかわかりません。カルト教団の洗脳を解くぐらいの難易度だと思います。

 

 

このように朝鮮半島の人々は特殊な思考回路を持っています。

ここでは日本と比べてどちらが正常・異常と判断するつもりはありません。

しかし少なくとも我々が、彼らのことを「誤解」していたことは事実です。

 

これまで我々は、彼らを同じような人間と考えて以下のような行動を取ってきました。

  • こちらが譲れば、あちらも譲歩するだろう
  • 援助すればそれなりに感謝してくれるだろう
  • 謝罪すれば許してもらえるだろう
  • 事実や条約を示せば納得するはずだ
  • デタラメを言いふらされも世界の人々が信じるはずかない。そのうちわかってくれるはず。

しかしこれら日本的な対応はすべて逆効果で、問題をこじらせるばかりでした。

彼らのファンタジックな「真実」を後戻りできないところにまで発展させ、居丈高な要求をグレードアップする手伝いにしかなりませんでした。

 

これまで韓国のことを良く知らなかった人は、彼らの理不尽な態度に怒り出しています。

我々のように多少知識のあった者は「みんなようやく気付いたか」と安堵しながらも、まだ彼らを誤解したままトンチンカンな方向に進みそうなことを危惧しています。

 

ではなぜ日本は韓国を甘やかし、こんなになるまで放置したのか?

それを説明するためには帝国主義時代にまで遡らなければなりません。

 

(定番の参考リンク)

『危機に瀕する日本』第1巻: 文化略奪と歴史歪曲に関する一考察

『危機に瀕する日本』日韓紛争概説 第2巻: セックスと嘘と従軍慰安婦

韓国人の世界

(続く)

2012年8月27日 (月)

米中冷戦における日本(3):中華文明が進歩しない理由

地理や自然に恵まれた日本に対し、他の東アジア諸国は厳しい条件にさらされています。

 

特に中国北部は比較的平坦な地形で、外敵を防ぐものは何もありません。

油断していると馬に乗ったモンゴル人」や「戦車に乗ったロシア人」に襲われるので、危なくてしょうがありません。

そんな環境で育つと、自分の家を守るためにできるだけ庭を広げようとします。

つまり他国を侵略して、安全圏を広げたがるのです。

 

広い領土で多くの民族を支配するには、どうしても「圧政」になりがちです。政府に対する不満は収まりません。

不満を外に向けるために外に敵を作る。引っ込みがつかなくなって本当に侵略する。殺るか殺られるかの戦いを続けるうちに、最後は自分の力を超えたレベルにまで国境を広げてしまいます。

最後は分裂して血みどろの殺し合い。それが大陸国家の宿命です。

 

中国は昔から北方騎馬民族やチベット高原などの異民族の侵略と戦ってきました。

しかしたとえ異民族に占領されても、長い時間をかけて彼らを融合し、文化的に呑み込んできました。

民族がほとんど入れ替わっても支那(シナ)は支那であり、その意味では非常に懐の深い地域と言えるでしょう。

 

最も古く農耕が始まった地域のひとつである中国大陸は、長い間世界の最先端を走っていました。

その中で「中国は世界の中心である。周辺国はそれに従うべし」と考える中華思想が生まれたことは、それほどおかしなことではありませんでした。

日本が文字や社会制度を学んだことからもわかるように、文明の歴史と厚みにおいて周辺国とは圧倒的な格差がありました。

 

しかし南宋で朱子学が生まれたあたりから、ちょっと様子がおかしくなってきます。

南宋は国力が弱く、世界の中心のはずである中華がなぜこれほど惨めなのかという疑問に答えつつ、社会秩序を維持しなくてはなりませんでした。

朱子学は「この世に秩序を与える『理』というものがあり、修練によってそれを把握することで社会秩序を維持することが出来る」という理論で個人と社会を関連付けました。

この思想体系は「親と子」「君主と家臣」などの関係を絶対的なものとし、支配者にとって都合の良いものでした。 明の時代には科挙に唯一必要な国家教学となって浸透しました。それは朝鮮に入って仏教に取って代わり、琉球や日本にも入って大きな影響を与えました。

 

朱子学は強い愛国心や権威に対する忠誠心を生み社会を安定させましたが、副作用として排他的で他民族を見下す傾向を強めました。他の優れた文明や人物を見ても「道徳的には自分のほうが上」で済ませてしまうので、反省して進歩することがないのです。

「私には徳がある。なぜなら偉いからだ。偉いのだからすべて私の言うことに従いなさい。逆らってはいけません」というようなロジック(?)なので、話をしても埒があきません。

何か悪いことがあれば、外国人や「目下の者」の責任となります。上の者は責任を問われることはなく、何度も同じ間違いを繰り返します。

そもそも下のものが上のものに質問したり、意見を言うなどあってはならないことです。 大惨事が起こっても、上に立つ人間は解決する気はありません。 「おまえが悪い。俺は正しい」 と繰り返すばかりです。

 

ですから彼らは情報公開・ディスカッション・法律や条約による解決といったものを非常にイヤがります

彼らは自分の「意見」を繰り返すだけで、相手の言い分や証拠と比べて確かめようとはしません。「なぜ徳の高い自分が、道徳的に下であるお前の評価を受けなくてはならないのか?」最初からそんな気持ちなので、話し合いが通じないのです。

 

その傾向は朝鮮半島で純化され、極端に強いです。「小中華思想」と呼ばれています。本家である支那大陸もたいがい厄介ですが、それでもまだ話し合い余地があったりします。

日本も朱子学の影響を大きく受けましたが、もとから辺境だったので「オレ様度」が低く副作用が少なかったのかもしれません。しかしそれでも時代や集団によってはかなり近い人たちが居ます。密約が好きだったり、ビデオを隠しちゃったりするような人々です。日本人も多かれ少なかれ、朱子学の副作用から無縁ではいられないと思います。

 

中華思想と朱子学がミックスされた結果、様々な弊害が生まれました。

たとえば体を動かしたり実際に働く人は「身分が下」と思われるため、技術者が育ちません。国策で鍛えられ保護された産業はそれなりに大きいですが、技術は基本パクリで自前のブランドが育ちません。

スポーツにおいても同じです。

国策で鍛えられたスポーツエリートは良い成績を取りますが、西洋や日本のように国民が草の根でスポーツを楽しむ文化はありません。そもそも授業に体育がないとか、学校にプールがないといったありさまです。

また聞いた話では韓国の陸上記録は日本のジュニアレベルだそうです。鍛えたら普通に強いのですから、その差は遺伝的なものではなく「体を動かす人間は格下」という文化的なものから来るのではないかと考えます。

 

さて中華文明が衰退したから朱子学が重宝されたのか、朱子学が流行したから中華文明が衰退したのか、その因果はわかりません。朱子学がなくても航海技術の発達などで中華文明の衰退は不可避だったのかもしれません。

しかし朱子学が思想として浸透した時期と、中華文明が没落してゆく時期はほぼ重なっています。

 

周囲が敵だらけという大陸国家の宿命。そして朱子学が捻じ曲がって 「俺ってばいつでも絶対的に正しいもんね~。たとえ相手が強くて金持ちでみんなに尊敬されていても、道徳的には俺のほうが上。それは変えられない宇宙の真理」という思想が蔓延した結果、日本とは全く違った社会が出来上がりました。

それは

「ボスと奴隷と、あとは敵」

という人間関係、そして

弱い相手には「脅し」。強い相手には「友達のふり」と「泣き落とし」

という単純な交渉術です。

 

彼らの人間関係を見ていると、どうやら「友人」「同好の士」といった水平の人間関係は希薄なようです。初対面でも学歴や肩書きで序列をつけたがります。

すると自分サイドにいる人間には、絶対服従すべきボスと、どんな無理を押し付けても平気な奴隷がいるということになります。

日本人のようにニコニコ笑って自慢しない人間は、すぐに奴隷だと思われます。彼らの中では「謙虚さ」と「弱さ」の区別がつかないのです。

だからムチャクチャな要求をしてきて、断られると「格下に恥をかかされた」と感じて烈火のごとく起こります。奴隷にどれぐらいひどい事ができるかというのも、強さの証明です。

 

さて、味方以外はすべて憎むべき敵です。

「中国人がもっとも信用していないのは、中国人」

という言葉もあるように、彼らは同族同士で信用していません。

 

弱い敵に対しては、奴隷と同じ扱いで済みます。

チベット・ウイグル・内モンゴルその他少数民族のように、どんだけ殺してもお構いナシです。

最近は力をつけてきたので、南沙・西沙・尖閣など周辺国の領土を切り取りにかかっています。

彼らは強い相手には敬意を払いますが、無抵抗の者や女子供老人に対しては容赦ありません。今の中華文明に対して平和反戦主義など自殺行為で、「皆殺しにしてくれ」と頼んでいるようなものです。

 

彼らが頭を悩ますのは、強い敵に対してです。

本当は自分のほうが道徳的に上なんだけど、こいつに逆らったら殺されそうだよなーと感じたとき、ちょっとだけ頭を使います。

第一は「我々は友達です。 だからお互いのため(ホントは俺のため)援助してください」という友達のふり

第二は 「我々は途上国で、かわいそうな被害者なんですよ。だから援助してください」という 泣き落としです。

 

「友達のふり」では、あらゆる国が裏切られています。

1954年にはインドのネルー首相と周恩来が会談し平和五原則を発表しました。インドを油断させておいて軍備を整え、キューバ危機のどさくさをついて中印国境紛争で領土を奪い取りました (1962)。インドはこの反省を生かし、核開発を始めました。

日本も国交正常化以来、「友達のふり」と「泣き落とし」でさんざん援助しました。しかし返ってきたのは反日教育や他国への悪質なプロパガンダだけでした。いまや彼らは力関係が逆転したと確信し、日本に対しては恫喝以外の交渉術を使いません。

アメリカは冷戦時代にソ連と対抗する上で、中国を自由主義陣営に引き込みました。その後は中国本土からアメリカへの留学生や移民が増えましたが、何度もスパイ事件を起こして捕まっています。中国としては日本を悪者に仕立て上げてアメリカの目くらましをし、その間に日本からオーストラリアまで自分のものにする魂胆です。

 

我々の社会には「対等な友人」のように優劣をつける必要がない関係があります。「趣味だけのつき合い」「関わりないけど無害な人」など、敵でも味方でもない人がいます。

しかしどうも中国や朝鮮半島では、優劣や敵味方をはっきりさせないと居心地悪いようなのです。担当者が変わるたび、あるいは会うたびにその「序列確認の儀式」は行われます。「上の言うことが絶対」であれば、その序列がコミュニケーションの方法や解決策を決定付けると言って過言ではないでしょう。

 

 

彼らの中には「公正・公平」という概念がないようです。

身内とよそ者が争った場合、嘘をついてでも身内の味方をしなければならい。そうしないと「情のない」「頼りにならない」「もはや敵」と見なされて、評価が下がるようなのです。

スポーツの審判から裁判官、事務総長まで徹底した身内びいき。権力を握れば身内を昇進させ、それ以外は能力があっても冷遇します。そして力が逆転すれば同じことをやり返される。

権力から落ちたらすぐ粛清。「良い仕事をする」「技術を身につける」「敵ながら天晴れと唸らせる」ことに何のメリットもありません。権力闘争で勝つ以外に幸せになる方法がなく、勝ったからといって幸せだとは思えません。どの国でも多少そんなところはありますが、中華文明は極端です。

 

だから公共心が育ちません。

放っておくと内輪揉めばかりしてしまうので独裁政治でむりやり抑え込み、外国を敵に仕立てて憎ませます。しかし私欲を捨てた瞬間に蹴落とされるため、公共心が育ちません。犯罪は減らず、街は殺伐として汚いままです。交通マナーすら守られません。

究極のところ愛国心というものはなく、みんなが国を捨てて逃げ出したいと考えています。だから国外へ脱出する人々が後を絶ちません。対外的には強いように見えても、いつ崩れ去るかわからない脆さがあるのです。

 

また、契約や条約にも意味がありません

中華文明では力の強い者がルールを決めるのであり、作ったそばから自分で破ってもOKです。約束は格下の者に守らせるものであり、自分が守るものではないという考えです。

条約を紙に書いて調印したって同じことです。おそらく約束という概念が我々と違うので、破ったことに対する罪悪感は全くないと思います。彼らと約束をして何度も騙される人は、相手のことをもっと良く知ったほうが良いでしょう。

こんなマインドでは法治国家にはなれません。

社会に公平性が無く約束が守られないのなら、先進国になれるわけがないのです。

 

これを知らずに日本人が普通の態度で彼らに接した場合、彼らの中では「劣位」にランクされます。

「公平さ」も「約束を守る」も弱者の卑屈な態度と思われるからです。

韓国や北朝鮮の場合は「日本は中華から遠く、しかも島国だから超格下」と自動的にランクされています。

日本に対する悪口のひとつに「島国日本!」というものがありますが、島国でラッキーだったと思っている我々にはわからない感覚です。

 

 

戦後の日本人は、友好のためになればと考えて彼らを支援してきました。

彼らは感謝しているでしょうか?

 

いいえ。

日本から資金や技術を得たのはもともと優れた自分の徳のおかげです。

日本人は我々の力を恐れ、徳に平伏し、心に疚しいことがあるから貢ぎ物を差し出したのです。感謝する理由は何もありません。

そもそも格下の日本が我々に「支援」だなんて、思い上がりもはなはだしい。あれは「貢ぎ物」です。それなのになぜ、恩着せがましく感謝を求めるのか。

 

日本人はもう「貢ぎ物」をやめると言っています。許されるでしょうか?

いいえ。

最初から決まっている上下関係を覆すことはできません。

前の指導者が日本人に土下座させて5兆円払わせたなら、私はそれを足で踏みつけ唾を吐きかけて10兆円払わせます。そうすることで私の偉大さが示され、世界の秩序が保たれるからです。

 

頭がおかしい、と感じるかもしれません。

しかし彼らにしてみたら、格下のくせに序列を乱す日本人こそ狂っているのです。

 

日本はこれまで彼らに資金も技術も与え、日本企業を潰す勢いで支援してきました。

彼らは「やはり日本人は格下の奴隷だ」と確信したと思います。

しかし「俺様の徳に平伏しているくせに、『領土をよこせ』と言えば逆らいやがる」日本に対して怒り、混乱しているのです。

 

もし中国・韓国・北朝鮮に「対等な友人」という概念があるなら、彼らの交渉はもっと違ったものになるでしょう。

国際交渉・役割分担・利益配分がスムーズに運びもっと発展するに違いありません。

 

しかし1000年近く続いた朱子学の頚木は、簡単に外れるものではありません。

彼らの科学技術が発達せず、いいところまで行っても内ゲバで自滅し、先進国になりきれない根本的な理由があるのです。

それに米ソ冷戦の遺産が重なって、現在の東アジア諸国の奇妙な関係を作り出しています。

(続く)

2012年8月24日 (金)

米中冷戦における日本(2):地政学的に恵まれた日本

最近の情勢を考える前には、歴史を踏まえる必要があります。

さらにその前に、歴史を決定付けることになった地理的条件があると考えます。

そんなわけでまず、東アジアの地政学についておさらいします。

 

[大前提1] 世界の覇権は海上覇権

 

大航海時代以降、世界の覇権国家は海の覇権国家でした。

それまでは陸上交通の要衝を押さえた国が有利でしたが、航海技術の発達とともに「海の道」が開拓されました。

エネルギーを消費する陸上輸送に比べ、船を使った海上輸送はコストがはるかに安いです。

さらに地続きでない国とも交易をすることが可能で、大陸間の「裁定取引」が可能でした。

貿易によって利益を得るためには安全な海上交通が必要であり、海の覇権国家は巨額の利益を得て世界の覇権国家となりました。

現在は空の覇権を取った国が軍事的に最強だと思いますが、それも海上交通の安全を守るために必要なのです。そしてどのみち米国が航空・宇宙・海洋において最強の覇権国家であることに変わりありません。

 

[大前提2] 島国有利の法則

覇権を握るためには他国が邪魔をしにくい海へのアクセスが必要です。

理想的には島国であったほうが良いでしょう。

というのも陸の戦いは戦いを終わらせる占領のため人数が必要で、攻めるほうも守るほうもコストが高く、多くの民間人が巻き添えになるからです。

 

その点、島国は楽です。

島国の戦争は、空と海で軍隊が負けたら終わり

ロシアのように千万単位の死者を出す前に、負けたことがはっきりわかります。相手が許してくれるかどうかわかりませんが、さっさと敗北を認めることで再起を図ることができるのです。

また陸上戦力に力を割く必要がそれほどありませんから、最も人数が多く、ともすれば国内の圧政に使われることもある陸軍がダントツの力を持ちにくくなります。結果として文民統制しやすい国になります。

そもそも相手の装備と国力を見れば、勝つか負けるか軍関係者にはだいたいわかります。政治家や国民に強く求められたら戦うしかないですが、少なくとも軍隊が負ける戦いを好んで選ぶことはありません。

 

そして海と空の戦いは装備と戦略で決着します。

脳ミソ筋肉になりがちな大陸国家に対し、海洋国家はロジカルでなくてはならず科学技術が発達しやすい環境にあるのです。

さらに海洋国家(都市)は貿易や投資の必要性から金融が発達します。ロンドン・ニューヨークは言うまでもなく、鎖国時代の日本でさえ先物取引を生み出しました。今でもメジャー金融センターは海洋国家あるいは海上交易都市です。その結果、情報産業が発達して戦費調達がしやすくなるというメリットがあります。

知的な産業や戦争において、海洋国家は有利な位置にいると言えるでしょう。

ちなみにアメリカは海洋国家です。カナダやメキシコと国境を接していますが、ともに大きな脅威ではないため大陸の有利さと島国の有利さを持ち合わせています。

 

[大前提3] 侵略しにくい他文明との距離・稠密な人口

仮に日本がもっとアジア大陸から離れていたとしたら、中華文明から様々なものを学ぶことはできなかったでしょう。南洋の島々のように、ある日突然優れた西洋文明と対決しなくてはならなかったかもしれません。

逆に朝鮮半島のように陸続きだったとしたら、中華文明や東方正教会文明(ロシア文明)に影響されまくったことでしょう。中華文明が苦しめられた北方異民族から何度も侵入されたに違いありません。

平和なときは大陸から文明を吸収し、そうでなければ列島に引きこもれる都合の良い距離にありました。それによって独自の文明が根底から破壊されることなく続いてきたと言えます。同じ条件にある国としてはイギリスが挙げられます。

 

さらに幸運なことに、大航海時代にブイブイ言わせていた欧州諸国とは最も遠い場所にありました。オーストラリアやニュージーランドよりも遠く地球を半周以上するぐらいの航海が必要だったのです。

 

当然ながら北極海は使えません。

パナマ運河がないので南米マゼラン海峡を通るとしても危なくてしょうがない。

スエズ運河がないのでアフリカ最南端の喜望峰経由だと26,800km(地球5/8周以上)。

しかも寒暖の差や季節逆転・再逆転、海賊や風土病と戦いながらの大旅行です。

 

さらにたどり着いた先には、戦国時代の超リアリスト武将たちが世界最多の鉄砲を構えて待っていました。

この極東の土人にはポルトガルから買った火縄銃を自国生産する能力があり、国内で争ううちに鎖国さえ可能な大軍事国家になっていたのです。

宗教を使って手なづけようともしましたが、超リアリスト武将どもがその意図を察知してすかさず弾圧しました。

 

人口が少ない北米・南米・ニュージーランド・オーストラリアであれば武器・疫病・権謀でたやすく原住民を駆逐することができました。

しかし中国インドのように人口が多い国を支配することはまだ難しく、産業革命によって大きな差がつくまで植民地化は難しかったようです。

 

戦国時代明けの日本は人口が多く、火力で圧倒し、かつマキャベリも真っ青の謀略国家でした。

欧州から援軍を送りたいところですが日本は遠すぎます。

ムキになって大軍を送ったら本国が他の列強にやられてしまう可能性があり、全くコストに見合わなかったのです。

そんな幸運も手伝って、日本は欧州の植民地にされることなく独立を保つことができたのです。

 

[大前提4] 日本は東アジアの関所 

地政学には「チョークポイント」という言葉があります。

特に海上交通において通らなければならない要衝のことです。

そして日本列島は中国やロシアに対し、いやがらせのように海上交通を邪魔しています。

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せと弘幸BLOG『日本よ何処へ』
2010年09月22日
【尖閣】日本は最大の国難に直面より

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世界的に重要なチョークポイントであれば、かつてのパナマ運河、スエズ運河、いまのジブラルタルのようにおそらく英米は直接統治に乗り出したでしょう。

しかし幸運なことに日本が持つ

宗谷海峡
津軽海峡
対馬海峡
大隅海峡
宮古海峡

などは、東アジアのローカルなチョークポイントです。

ロシア・中国・韓国・北朝鮮にとっては海に出入りするための道にことごとく関所を設けられているようなものです。

自由に通行できれば良いのですが、妙に好奇心旺盛でときに武闘派なお気楽土人が居座っているためままなりません。

こいつらの数が少なければ何とかなりそうですが、米を栽培して人口稠密の上に魚や野菜を食べて温泉につかるご長寿民族なのでなかなか数が減りません。氷河期ですら暖流と温泉に守られて人がそれなりに居たようです。

アメリカにしてみれば米・豪・日の三角形で太平洋を内海にすることができます。中露を封じ込める意味でも、日本列島や沖縄・台湾を手放すわけには行かないのです。

 

[大前提5] 水や自然に恵まれる   

それら絶妙のポジショニングに加え、日本は水や自然に恵まれています。

高い山は豊かな雨や雪を降らせ、砂漠化や塩害とは無縁です。

豊かな山林が海を潤し、世界三大漁場のひとつを独占しています。

山と川が国土を適度に分断し、地方色の豊かさと健全な競争をもたらしています。

活発な造山活動からは温泉・地熱・農業に必要な養分などの恩恵を与えられます。

台風、洪水、地震、噴火などの災害とひきかえに、人と自然が共存する環境が整っているのです。

 

こうして見ると、日本はイギリスの島国的有利さと欧州大陸の多様性を兼ね備えた国土だと言えるでしょう。

様々な違いはあっても最後は万世一系の天皇陛下のもとにまとまることもその強さの源です。

 

日本の弱点を挙げるとしたら、

  1. 石油などの戦争用エネルギーが少ないこと
  2. 戦略的縦深性に乏しいこと

で、シーレーン(海の道)を確保しておかないと発展できないことがあります。この点では国内ですべて賄えるアメリカのチートさ(インチキ度合い)にはかないません。

しかしそれ以外は何でも揃っている「地上のプチ楽園」と呼べるでしょう。

(続く)

 

2012年8月23日 (木)

米中冷戦における日本(1):序論

韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領が竹島に上陸し、日本の天皇陛下に謝罪を要求しました。

これに対し日本政府は相当頭に来たようで、スワップ停止やら国際司法裁判所(ICJ)提訴など、これまで見られなかった強硬姿勢を示しています。

 

おそらくですが、竹島だけであればこれほどの反発は買わなかったでしょう。

すでに条約や裁判でカタがついたことを何度も蒸し返し、当事者であった先代はおろか今の天皇陛下を罪人扱いしたことが反発を生んだものと考えます。

 

日本のマスメディアは「立場の危うい李明博大統領の国内向けバフォーマンス」ということで火消ししようとしています。また野田首相の親書を突き返したことも「友好国にはありえない非礼」としています。

しかしこれは李明博大統領だけが突然思いついたわけではありません。

 

  1. 戦後からずっと続く韓国の反日政策
  2. 米国から覇権を奪おうとする中国の帝国主義
  3. それらの国を支援し増長させた日本の外交オンチ
  4. すべての背景となる地政学と歴史

これらの結果、必然的に起こった出来事でもあるのです。

 

韓国があたかも突然おかしくなったように思えたり、放っておけば普通の関係に戻ると考えている人がいるとしたら、それはテレビなどの情報を鵜呑みにしているのかもしれません。

韓国はずっと日本に対して敵対行動を取っており、ボケた日本人がずっと友達だと勘違いして支援を続けていただけです。

 

そんなわけで今回は、日韓関係を皮切りとして覇権を巡る米中冷戦について再考します。

最後には私の結論を提示しますが、それよりも大事なのは地政学的にも歴史的にも普遍なパワーバランスです。

何も中国や韓国を滅亡させろと言っているのではありません。ロシアが再び強くなれば、彼らと手を組む必要があります。

中国・韓国・北朝鮮などの中華文明圏とどう付き合えば良いのか、いつ支援していつ距離を置くのかタイミングを計ることが重要です。

これまで興味のなかった人も、これをきっかけに考えていただければ幸いです。

 

2012年8月 1日 (水)

なでしこの「引き分け狙い」批判に反論する

2012年ロンドンオリンピック女子サッカーで、日本のなでしこが南アフリカ相手に0-0で引き分けグループ2位で予選を通過しました。

佐々木則夫監督は後半途中から引き分け狙いに切り替えて選手に指示を送ったそうです。

しかしこれに対し、なぜか批判する人がいます。いわく

  1. 期待して見ていた少年少女を落胆させた
  2. 相手に失礼である
  3. 選手のモチベーションに悪影響

などです。

 

 

おまえはいったい、何を言っているんだ?

 

私は「3位に落ちるリスクを最小限に抑えながら、いかにエレガントに2位になるか」ということに注目しながらゲームを見ていました。

試合日程・場所・相手との相性を見る限り、グループ2位が断然有利です。1位だと移動がキツイし、3位に落ちて米国が相手になったりしたらイヤすぎる(笑)。

金メダルのためには2位抜けを狙うべきで、 なでしこにはそうするだけの実力と勝ち点がありました。 文句が言いたいなら2位抜けを有利に設定した運営側に言うべきでしょう。

 

仮に最初から日本の調子が良くて得点できたのなら、それを止めてしまうと悪影響があります。 後から不自然に失点するわけにもいきません。 最初から引き分け狙いをあからさまにするのも興醒めですからね。しかし得点できずにいるうちに、引き分け狙いの環境がどんどん整ってきました。

そしてスウェーデンは終了間際に同点に追いつかれてます。おそらくあちらさんも同じことを考えていて、リードできたことを幸いに最後にちょいと罠を仕掛けてみたのでしょう。

あぶねー。うっかり先制してたらダチョウ倶楽部方式で1位にされるところだったぜ (笑) 。

 

日本  「俺、グループ1位は絶対イヤだからな!」

スウェ 「じゃあ、俺が1位になるよ」

カナダ 「いや、ここは俺が」

日本  「・・・じゃあ俺がなるよ」

ス・カ  「どうぞどうぞ」

 

佐々木監督が途中から「引き分け狙い」を指示したのはきわめて合理的です。

常に全力でアピールの機会を狙っている選手たちに対し、「先制点を入れるな」と明確な戦略を提示しました。これこそ監督稼業の真骨頂です。

しかもサブメンバーに五輪出場の経験をさせつつ、調整させることができました。中二日の鬼畜日程の中でベテラン選手も休憩を取れました。五輪前にちょっと調子が悪くそこから復調していることまで考えると、金メダル獲得に向けてベストの予選結果を得たと判断します。

 

 

翻って、それを批判している人はなんなんでしょうか?

 

 

  1. 期待して見ていた少年少女を落胆させた
     
    →否。「これぞグループリーグの戦い方!」と言うお手本です。目先の勝ち点より金メダルのほうが重要であることを忘れてはなりません。その戦略的思考を少年少女に教え込むべき。
     
  2. 相手に失礼である
     
    →否。 最終戦で戦っている相手は目の前の南アフリカだけではありません。ライバルのスウェーデンも同じ事を考えて罠を仕掛けてきています。
     
  3. 選手のモチベーションに悪影響 

    →否。 選手個々の欲望・野心をコントロールしてチーム全体の利益につなげるのが監督の役目です。

 

 

「いつでも全力主義者」は頭を使わずに楽ができます。

失敗したら「全力を出さなかった」選手や部下の責任にできるからです。

選手や部下は使い潰しの消耗品であり、自力でベストコンディションを保ち、良い結果を自分に「上納」しなければならない考えています。

 

彼らはまるで旧日本軍の「名参謀」のようです。

いつも精神論を振りかざし、チームを疲弊させ、無駄死にを強要します。

戦線を野放図に拡大して、休憩も補給もさせません。

集中砲火を浴びるだけの場所を「死守せよ」と無責任に命令し、支援もせず知らんぷりです。

 

役割分担や責任は丸投げ。

戦略やプロセスは無視。

「勝つことでしか穴埋めできない」「死ぬことでしか贖えない」と、結果を出すことを強要します。

結果オーライですべて許されるなら、そこに学びはありません。結果しか見ていないから、いつも表面だけを見てお気楽に批判ばかりしているのです。

 

ちょっと思い出してください。

あなたの部署は、鬱や自殺が多くないですか?

部下たちに「際限のない無駄な努力」や「仕事するふり」をさせていませんか?

上司は「怒鳴り散らすことが仕事」だと思っていませんか?

「業績が上がらないのは現場の努力不足」なんて言っちゃってませんか?

経営陣のリーダーシップや会社のシステム自体に問題はないのでしょうか?

 

テレビのワイドショーが「勝ちに行け!」「日本の勝利が見たい!」と煽るのはわかります。彼らはスポンサーのために試合を盛り上げなければならず、視聴率が所得に直結するからです。

しかし日本代表に優勝という結果をもたらし、サッカー大国への道を歩みたいのであれば、彼らとは利害が一致しないときがあることを我々は理解すべきです。

  1. 引き分けを狙え
  2. 疲れが溜まった選手を休ませろ
  3. 目先の勝ちにこだわるな
  4. 体調は決勝トーナメントに入ってからピークになるように持って行け

これらの話が当たり前にされるようになったとき、日本サッカーはもっと強くなることでしょう。男子ワールドカップ優勝も夢物語ではないと考えています。

 

日本のサッカー選手と育成システムは世界に追いつきつつあります。

指導者や審判はもう少し時間が必要です。

それに対しスポーツジャーナリズムは、 何周も何周も遅れてしまっています。 

 

しかし同時に厚みのある豊かな「サッカー文化」が、草の根的に広がりつつあることも強く感じています。

今回のケースはちょっと挑発的に書きましたが、異論・反論を歓迎します。これについて議論が深まることは日本のスポーツ全体にとって有益なことです。

 

チーム全体を楽にする佐々木監督の判断は、最後の最後に効いてくることでしょう。 

人事を尽くして天命を待て。

がんばれ、なでしこ!

 

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