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2014年6月28日 (土)

サッカーワールドカップ2014 (3)敗北の構造

今回の日本代表の自滅ぶりをみて、きっと対米戦争もこんな感じで負けたのだろうなと思います。

「ちゃんと準備すれば勝てた」と言っているのではありません。一部の選手や関係者に引きずられ、納得も団結もしないまま戦いに挑み、敗れるべくして敗れたのではないかという意味です。
 
 
 
旧日本軍には、正式な上司以外にも権力を持つ人々がいたそうです。たとえば表向きの階級は低くとも新兵たちに睨みをきかせる古参兵がいて、非公式な権力をふるっていたと聞きます。新任の将校はそういった人々に逆らうと仕事が進まないし、トラブルを起こすと出世に響くので専横を黙認していたこともあるようです。
 
あるいは参謀などの地位にいる人が大将などの名前を騙って命令を出し、勝手に軍を動かしていたというケースもあります。それで失敗しても責任を取るどころか、さらに上の階級に出世しちゃったりしています。業績や能力によって評価するシステムが、そもそも日本にはないのです。
 
そういったことはどんな国でも起こり得ますし、たまたま日本が負けたのでそういった話を良く耳にするだけなのかもしれません。しかし指揮系統を守らなかったり、チームの勝利より自分の利害を優先する人々が少ない国の方が、戦争に勝つ可能性は高いと思います。
 
 
 
そのような組織では、現場の人々は大変です。
 
上の人間は勝つためのアイディアを出したりサポートするわけではなく、「とにかく勝て。負けは許さない」とだけ命令します。
 
指揮系統や軍規を守らない兵士がいても、それが「聖域」だったりすれば上司は注意しません。露骨なえこひいきでそれ以外の人はやる気を失います。
 
現場の人間が飢えや敵と戦っているとき、上司たちが芸者をあげて宴会をしていたら、誰だって「やってられない」と思うでしょう。
 
「俺たちは世界一になれる!アメリカを倒すんだ!」と夢想する兵士に対し、「馬鹿言うな。頭を冷やせ」とは言えません。むしろ大言壮語したほうが上司に気に入られ、出世が早かったりします。
 
それに対しマスメディアは「日本兵の練度は世界一。アメリカなど恐れるに足らず」と煽ります。
 
旧日本軍がずるずる対米戦争に向かった光景と、今回のサッカー日本代表の敗戦はよく似ているように思えるのです。
 
 
 
そして負けたときの反省もきわめて情緒的で、原因の究明を避けているかのようです。これも日本の「伝統芸」なのかもしれません。
 
「雨で得意のパスサッカーが機能しなかった」
→1・2戦で雨が降る可能性が高いことはわかっていたはずですが
 
「自分たちのサッカーができなかった」
→相手はそれを封じてきますって
 
「エースのXXを出して負けたのだから仕方がない」
→その選手が戦略の一部として機能しているかどうかを問題にしてください
 
「過ぎたことをいまさら悔やんでもしかたがない」
→いや、反省して次に生かしましょうよ
 
「戦犯はXXだ!」
→今回は個人の問題より「代表ビジネス」というシステムの問題がはるかに大きいと思いますね
 
「感動をありがとう」
→そんなものいらないから勝つ方法を考えていこうぜ
 
 
 
きわめて情緒的でふわふわとした日本代表に対し、私が気に入っているのはアメリカ代表です。
 
アメリカ代表のサッカーはきわめて合理的で、敵のいやがることを機械のようにしつこく繰り返してきます。
 
選手一人一人が兵士のように約束事を守りながら自分のタスクをこなし、時間いっぱいまで精力的に戦います。
 
ずっと見ていて飽きることがなく、その多くに劇的な結末が待っています。
 
勤勉・合理的・そして結果的にスペクタクル。それがアメリカ代表のサッカーです。
 
なぜ多くの分野でアメリカが世界一なのか、よくわかります。
 
 
 
さて、我らが日本代表はどうするのでしょう?
 
ショーとしての側面に磨きをかけ、「負けても儲かる」ビジネスに育てるのでしょうか。
 
それとも本気で優勝を目指し、勝ち残る方法を追究して行くのでしょうか。
 
情緒的な言葉に惑わされることなく、障害を取り除くことができるでしょうか。
 
これは今の日本において多くの分野であてはまることだと思います。
 
(終)
 
 

2014年6月26日 (木)

サッカーワールドカップ2014 (2)勝負なのかショーなのか

結局、日本代表は2敗1引き分けでグループリーグ最下位でした。

第二戦のギリシャに1点でも入れて勝っていれば決勝トーナメント進出となっただけに、コンディショニング失敗と自爆采配が悔やまれます。

  • 「日本には空中戦の文化はない」とヘッドの強い攻撃手を連れて行かなかったのに、ぶっつけ本番でセンターバックの吉田にそれをやらせるのはどういうことか。
     
  • ひとり退場して引き分け狙いに切り替えたギリシャに対し、サイドからハイクロスを上げて楽にさせたのはなぜか。
     
  • 機能していない選手を残し、効いていた選手を下げるのはなぜか。
     
  • 自分で得点したいからか、持ち場を離れて真ん中に入る選手をなぜ修正できないのか。

個々の選手やプレイがどうのより、「勝つためにチームとしてちゃんと考えたのか?」「そもそも本当に勝つ気があったのか?」 という点に対して大きな疑問が残りました。

 

私もずっと日本代表をフォローしているわけではないので後講釈になってしまうのですが、今回のキャンプ地をイトゥにしたことを最初から疑問に思っていた人々が少なからずいたようです。特に現地新聞の指摘は傾聴すべきものでした。

レシフェまでイトゥーから直線距離で2151キロ、ナタールまで2338キロ。東京から台湾まで2247キロだから、これでは冷え込みが厳しくなる晩秋の東京(11月初旬頃か)から亜熱帯の台湾へ毎回、試合に出かけるのと変わらない。選手は、試合どころかカゼで寝込むのが関の山である。
ニッケイ新聞 2014年1月11日

一説によるとこれは大きなスポンサーの現地法人があって、対戦場所や相手が決まる前にキャンプ地として決定したとのこと。

プロ化前のアマチュア時代から日本のサッカーを支援してきた大スポンサーが、チームの不利になることを望むとは思えません。しかしひょっとすると誰かが、スポンサーに「良い顔」をしたくて決めてしまった可能性はあります。

実のところ、涼しいところでのキャンプが一概に悪いとは言えません。高温多湿の環境で体力を消耗するより、涼しいところで過ごした方が良いこともあります。しかし第一戦で日本代表の動きが驚くほど早く止まってしまったことを考えると、コンディショニングに失敗した可能性は大いにあります。今後の教訓としたいところです。
 
 
 
今回の敗戦の裏側には、「勝負ではなくショーになってしまった」ことがあると思っています。
 
勝負なのかショーなのか
 
言い方を変えると
 
競技なのか興行なのか
 
ということです。
 
プロスポーツである以上、勝負であると同時にショーであることは間違いありません。サッカーの普及と選手育成のために、カネがかかることも理解できます。たとえば女子サッカーはそれ自体では採算が取れず、男子サッカーからの売り上げを回しています。だから代表戦を企画したり、それを盛り上げることは当然の努力なのです。
 
しかしショーとして成功したところで満足したり、それを目的とするようになっては、そのスポーツの未来は暗いと言わざるを得ません。
 
自分が「所有」している選手をスターシステムに乗せるのもいいでしょう。しかしそのために代表選考や起用法に口を出し、奇妙な選手交代の原因になっていたとしたら本末転倒です。4年前に活躍した選手が今も活躍できるケースは稀なので、すでにブランドが確立した選手を聖域化して勝負に挑むのは危険なのです。
 
 
 
自分の市場価値を高めるためだけにプレーする選手が出てきたとき、スポーツであれば監督がそれを抑えてチームとしての力になるようコントロールします。しかしショーであればその「花形」に監督も選手も口を出せなくなり、聖域と化してしまいます。
 
すると花形選手に迎合して、自分のステップアップのために代表を利用する選手たちも出てきます。チームは派閥に分かれ、いがみ合うようになります。監督はないがしろにされ、チーム戦術はガタガタ。しわ寄せを食らう選手は「やってられっかよ!」と怒り出すでしょう。
 
今回の結果は「ショービジネスの側面が肥大化し、勝負に専念できなくなって自滅した」と考えると納得できる話が多いのです。
 
 
 
ワールドカップは国別対抗であるため愛国心が刺激され、興行的に成功しやすい下地があります。その特需に乗って儲けたい気持ちもわかります。
 
しかし勝つ気がないショーを見せられて「感動をありがとう!」「4年後に向けて頑張ろう!」と言われても、なんのこっちゃとしか思いません。スポーツは困難な状況を打開するから面白いのであって、そのつもりがない人々を見ても時間の無駄と考える人もいます。ショーはショーとしての面白さがあると思いますが、そうであれば勝ち負けや戦略にこだわる必要はありません。
 
 
 
監督や個々の選手の責任を問うことも大事ですが、それよりも前にサッカー日本代表は「勝負なのかショーなのか」「競技なのか興行なのか」をはっきりしておくべきでしょう。
 
もしショーなのであれば、選手はコンディションを崩してまで花試合に参加する理由はありません。ガチンコ勝負のクラブに専念したい選手もいるはずです。ワールドカップは野球のWBCのようになり、有力選手の辞退が相次ぐかもしれません。その方向性は協会などが決め、選手や観客はそれに対応するだけです。
 
少なくとも言えるのは真剣勝負を望んでいる選手やファンに対し、スポーツの皮をかぶった感動ショーに無理矢理つきあわせるのは逆効果ということです。期待が高かった分、落胆も大きなものになるでしょう。
 
単に刺激や興奮が欲しい人はそれで良いかもしれませんが、発展や進化を望む人々はどんどん離れて行くと思います。
 
(続く)

2014年6月18日 (水)

サッカーワールドカップ2014 (1) 雨の日は「上手い奴」より「強い奴」

サッカーWC2014の「日本 vs コートジボワール」について考えたことを書きます。

 
結果は残念ながら、1対2で負けてしまいました。しかし内容や実力差から言って、よく1点差で済んだと思います。あれだけ選手がミスをして監督も混乱して2点しか取られなかったのであれば、むしろラッキーだったと言えるでしょう。
 
会場となったレシフェは雨。気温26℃、湿度77%以上。
 
日本が得意とするパスサッカーは雨と疲労で全く機能せず、前半に日本が先制した後は一方的に攻められる展開でした。コートジボワールは4-5点入れてもおかしくなかったと思います。
 
 
 
経験者ならわかると思いますが、雨の日のサッカーは「上手い奴」より「強い奴」のほうが有利です。
 
ぬかるんだ足元でボールは転がらず、足技は封印され、華麗なパスワークも分断されます。アマチュアレベルだとわざと水たまりにボールを蹴り込んで、そこに突進する戦略が有効だったりします。
 
 
 
そこで大活躍するのは、体の強い選手です。
 
足元がおぼつかない中で相手を追いかけ回し、体をぶつけてボールを奪い、重戦車のようにゴールに突進します。
 
その力の前に軽量級のテクニシャンはなすすべがありません。F1最速マシンも、ぬかるんだ田んぼの中では力を発揮できないのです。
 
一般的にアフリカ人は体が強く、基礎技術もしっかりしています。前回の南アフリカWCで日本を9位に押し上げた立役者のひとりである松井大輔選手は、「芝生が濡れてたら最悪だね。一番向こうの長所が出るから。」と指摘していたとのこと。さすがです。
 
 
 
 
日本でいえば、中田英寿選手が「強い」タイプでした。特に雨の日は体の強さと基礎技術の高さがいっそう際立ち、いくつもの名シーンを残しました。
 
この試合で本田圭介選手が先制ゴールを入れたのも同じ理由です。本田選手は正直、今の日本のパスサッカーに完全にフィットしているとは言えません。しかし雨でみんなの体が動かないとき、その強靭な体力がものを言います。
 
だから雨の日は華麗なテクニシャンではなく、体力があって気持ちが強い選手を選ぶべきなのです。
 
 
 
1点リードして前半を終えたとき、日本が得意とするパスサッカーが機能していないことは明らかでした。特に左サイドの香川選手のところがつけこみやすくなっており、何らかの対処が必要でした。
 
香川選手を先発させたことは悪くないと思います。しかしパスサッカーができないとわかったなら、まず大久保選手と交代することを考えます。大久保選手はみんな死にそうな環境で馬車馬のように働く体力と気力を持っているからです。高温多湿の泥仕合には、まさにうってつけの選手と言えるでしょう。
 
その働きは4年前の南アフリカWCで証明されています。守備に攻撃に潰れるまで走りました。当時はシュートこそ入る予感はしませんでしたが(失礼)、今回は守備だけでなくゴールも期待できると思っていました。
 
 
 
しかしザッケローニ監督が選択したのは、長谷部に代えて遠藤。
 
これには目が点になった人も多いと思います。
 
守備が崩壊しそうなときに、体と気持ちが強く(つまり雨の泥仕合に強く)、縦への推進力を生み出す長谷部を下げるのは大黒柱を切り倒すようなものです。もし代えるとしたら、少なくとも長谷部以上に守備を「整えられる」選手でなくてはいけません。
 
今の遠藤選手に守備力を期待してはいけません。ボールをキープできないので遠藤選手を入れようと思ったのかもしれませんが、遠藤を入れる時は純粋に攻撃の駒として使うべきです。守備までさせたら相手の攻撃は強まり、日本の攻撃は弱くなってしまうからです。
 
遠藤を入れるのであればトップ下に入れるべきでした。そして本田をワントップに上げて大迫を左サイドに回し、香川を下げるべきだったと思います。さらに言えば左サイドは大迫より大久保が適任だったと思います。いずれにしても香川を残して遠藤に守備をさせ、相手の攻撃を助ける理由は全くなかったと思います。
 
 
 
そして案の定、日本の左サイドは崩壊しました。
 
2点で済んで本当にラッキーだったと思います。
 
 
 
しかし思うのですが、ザッケローニ監督は雨の試合を想定していなかったのでしょうか。
 
彼が雨の日は「上手い奴」より「強い奴」というセオリーを知らなかったとは思えません。
 
そして対戦場所と対戦相手が決まったならば、相手の駒や気象条件を考えて戦略を練るはずです。
 
 
 
ザッケローニ監督がブラジルに連れて行く日本代表23人は、パスサッカーに特化した選手たちでした。
 
メンバーが発表されたときは、私も「すいぶん戦略を限定したなあ」としか思いませんでした。
 
しかし今の時期のレシフェにこれほど雨が多いと知っていれば、細貝や豊田を連れて行かなかったことに強い疑問を抱いたでしょう。東京の9月の降水量が200ミリぐらいですから、その倍ほど雨が降る季節であることを考慮しなければならなかったはずです。
 
次にギリシャと戦うナタルも、この季節はそれなりに雨が多いようです(こちらは降水量の単位がcmになっていたので、一瞬雨が少ないと錯覚しました)。その次にコロンビアと戦うクイアバは、湿度こそ高いものの雨の確率は高くありません。
 
少なくともグループリーグで戦う3試合は現地の気候と対戦相手を考慮して、戦い方のプランをいくつか用意しておくのは当然です。それなのに今回の日本代表は華麗なテクニシャンが多すぎて、泥仕合を制する気力・体力を持った選手が不足しています。まるで「大雨でパスが通らない」ケースが全く想定されていなかったように思えるのです。
 
 
 
 
ザッケローニ監督はイタリア人ですが、とても日本人的なミスをしているような気がします。
 
それは「自分がベストを尽くせば、相手は自動的に負けてくれる」と思い込んでいることです。
 
実際にはそんな都合の良い話はありません。相手や気象条件によって戦うメンバーや戦略は変わり、戦略の効果や相手の対策によって選手を交代させて修正しなくてはなりません。
 
しかし今回の日本代表は、すでにメンバー選出の段階で戦略を狭めてしまっているのです。
 
 
 
パスサッカーにこだわるあまり、泥仕合に強い選手を起用(選出)しない。
 
「自分たちのサッカー」にとらわれすぎて、うまく行かないとパニックに陥ってしまう。
 
まるで旧日本軍が「得意技」「伝統芸」にこだわるあまり、負け続けた状況に似ています。
 
 
(続く)
 

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